NHK教育テレビで「スーパープレゼンテーション」と言う番組が、この4月からスタートしている。この番組では、  様々な分野の人物がプレゼンテーションを行う「TED Conference」と言う講演会から、選りすぐりの講演(プレゼンテーション)を紹介してくれる。過去のプレゼンテーションは、こちらのTEDのサイトなどで見ることが出来る。それでもテレビの影響力はいまだに大きいので、こうしてNHKの番組で紹介してくれるのは、これまでTEDを知らなかった多くの日本人にもTEDを知ってもらえると言うことで、とても意義深いことだと思う。

私がTEDの存在を知ったのは、2011年の1月のことで、会社の社内トレーニングでTEDの中のひとつの記録映像を見せられたことがきっかけだ。その時のことは、こちらのエントリにまとめてある。


さてここからが今日の本題だが、NHKの番組で紹介されたTEDのプレゼンテーションを見ていて、改めて気づいたことがある。TEDのプレゼンテーションには、(日本で普通に行われるプレゼンテーションとは明らかに異なる)共通の特徴があるのだ。それは、「面白い」とか「うまい」とか言った判断の分かれる曖昧な特徴ではなく、誰でも必ず納得できる明々白々な特徴だ。それは・・・

誰一人「演台」を使っていない!
ということだ。
完全にプレゼンターの「全身」が、聴衆から見えるような形でプレゼンテーションが行われている。

例えばこれ。
TED Conferenceの様子


TEDのプレゼンテーションは、私が見た限りほとんどこのスタイルで行われている。
このような形で「全身を見せて」プレゼンテーションを行うことのメリットを考えるのが、今日のエントリの主題。


実は、あの有名人のプレゼンを扱ったこちらの本にも、「彼」が演台を使わない理由が書かれている。
「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン」
スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン
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スティーブ・ジョブズのプレゼンは、おそらくTEDのプレゼンよりも多くの人に見られているので、「ジョブズも演台を使わない」ことは、容易に思い出していただけるのではないか。ジョブズが演台を使わない理由を、本の中から引用してみよう。
ジョブズはめったに腕組みをしないし、演台の後ろに立つこともない。姿勢が常に「開いて」いるのだ。姿勢が開いているというのは、自分と聴衆の間に何もないことを意味する。
デモのときでさえ、ジョブズはコンピューターの隣に座り、聴衆が直接見えるように、また、聴衆から自分が直接見えるようにする。コンピュータを操作するときも終わったらすぐに聴衆のほうを向き、今、何をしたのかを説明する。アイコンタクトがない時間が長く続くことはまずない。1984年にマッキントッシュを発表したときの映像を見ればわかるが、昔はジョブズも演台の後ろに立っていた。その後まもなく演台を使わなくなって今にいたる。(例外は2005年にスタンフォード大学の卒業式で話をしたときくらいだ)。

ここで紹介されている「開いた姿勢」とは、自らの存在感を際立たせるために使われるジョブズ特有の技術のひとつである。~存在感を高めるジョブズのプレゼン技術には、他に「アイコンタクト」と「身ぶり手ぶり」があり、「開いた姿勢」と併せて「ジョブズ流の体を使った3つプレゼン技術」になるのだそうだ~ 

 演台と言う「ひとつの壁」を取り払って、全身を聴衆に見せ、さらに全身を使って表現すれば、聴衆はプレゼンターを身近にに感じられるようになり、聴衆の注意はそれだけプレゼンターに向けられる。もしもジョブズが「演台の後ろ」にずっと立ってプレゼンをしていることを想像して欲しい。それだけでジョブズのプレゼンの魅力がかなり失われてしまうのではないか。


さらには、こちらの本でも演台を使わないことが薦められている。
「プレゼンテーション zen」
プレゼンテーションZEN
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本の中の記述を引用してみよう。
(この本では、「書見台」と記述されているが、文脈から「演台=書見台」であると考えてよいだろう)
私は書見台があまり好きではない。書見台にもそれなりの長所があるし、それを使わざるを得ない場合もある。しかしほとんどの場合、書見台の後ろに立ってスピーチするのは、壁の後ろに立ってスピーチをするようなものである。 
書見台はスピーカーを権威ある指導者のように見せる効果がある。それゆえ、政治家はたいてい書見台の後ろに立ってスピーチをしたがる。自分を「大物リーダー」に見せることが目的ならば、書見台を使ったほうが適切かもしれない。しかし、大方は会議のプレゼンターや、講演者、営業マンである私たちにとって、壁の後ろに立つのは最も避けたいことである。また、書見台がステージの脇に設定されているケースも多い。その場合、プレゼンターが壁の後ろにいることに加えて、スライドが主役として注目を集めることになり、本人の存在が完全に脇役に成り下がってしまう。プレゼンターとスクリーンの両方を(人々の注目が集まる)中央に持ってくることも可能なはずだ。

別に「大物リーダー」に見せようとしているわけではないが、日本で行われる「プレゼンテーション」では、ほとんどの場合「演台」が使われる。
下記の写真は、昨年(2011年)のCitrixのイベントでの私自身の姿。
普通のプレゼン

この写真は、「悪いプレゼン」例だ!今日のエントリの一番上の、TEDの写真と比べて欲しい。プレゼンターと聴衆の間に「壁」があり、全身による「身ぶり手ぶり」も伝わりにくい。実は私の前には、Power Pointを操作するためのパソコンが置かれていて、それでデモなども出来たのだが、そのパソコンさえも「壁」で見えなくなっている。これでは、デモをやったとしても、どんな操作か聴衆には見えない。


これは何とかしたい!
日本でも「演台なしプレゼン」をもっと普及できないものか?


実は「演台なしプレゼン」を、より簡単に実施するためのアイデアを最近思いついた。このアイデアは、「そもそもなぜ日本ではプレゼンで演台が使われるのか?」と言う理由(事情?)を考慮したうえで、その事情からも解放されるように考えたつもりだ。

そしてこのアイデアを、実際のプレゼンの場(100人ほどの人たちに聞いていただけた)で既に試してみた。その「アイデア」の中身と、実施してみての顛末については、次回のエントリで説明したい。お楽しみに。