Living in the Flat World

「世界はフラットになっている」と考えれば、世の中の変化も少し違った見方ができるはず!その考え方のもと、ITを中心に日常生活から世界のニュースまで幅広い題材を取り上げるブログ。

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2011年を振り返って<その2> 震災を振り返って(上)

注:このエントリを実際に執筆しているのは、2012年が明けてからのこと。ただし文章の構想を練っていたのは2011年末であり、時系列をすっきりさせるために、エントリの日付を2011年末とさせていただいた。 


2011年を振り返って何か語るのであれば、あの震災のことを避けて通ることはできない。私も震災発生時には東京都心にいて、被害は極めて小さかったがそれなりの影響は受けた。年月が経って記憶が薄れないうちに、体験したことと学んだことを、ここにまとめておきたい。

端的に結論を書いてしまうと、震災時に首都圏にいた人たちの中では、私は相当に恵まれていたほうだった。揺れの恐怖も感じなかったし、いわゆる帰宅難民にもならなかった。家族との連絡に多少苦労したが、比較的居心地のよいオフィスで一晩を過ごし、翌朝には普通に電車で帰宅することができた。

だがこれは、いくつかの偶然が重なった幸運であって、少なくとも帰宅難民になる可能性は十二分にあったし、家族を危険な目にあわせた可能性も否定できなかった。自分が地震などの自然災害に対してあまりに無頓着かつ無防備だったことを思い知ったのが、まず一つの教訓だったと言える。

このあまりの無防備さは、45年間の人生で災害らしい災害を経験したことがなかったことによるのかもしれない。とは言ってもこの無防備さは、おそらく私だけが特別なわけでなく、多くの人も同様なのではと勝手に推測している。私と同じように災害に対して無防備のかたが、このエントリを読んで、用心を高めてくれればこんな嬉しいことはない。



【私の過去の地震体験】
反省すべきは、過去に遡る。私が人生の大半を過ごした名古屋は、東京地区より遥かに地震が少ない。もちろん時折軽微な地震は来るが、恐怖を感じるような地震は、名古屋で生まれ育った37年間、まったく経験したことは無かった。

生まれて初めて地震に恐怖らしきものを感じたのは、名古屋から首都圏に引っ越した後のことだった。2005年7月23日(土)に発生した千葉県北西部地震のとき、私は当時借りていた木造二階建ての戸建で一人過ごしていた。土曜日で会社は休み。妻と長男は、長女の出産のために名古屋に帰省して不在だった。そんなタイミングでその(東日本大震災に比べればずっと小規模ではあるが)大きな地震はやってきた。

急激な揺れとともに、木造住宅がミシミシと軋み始めたことに随分と驚いたものだ。あまりに激しい軋み音で「家が崩れ落ちてくるのでは」との恐怖を感じ、ダイニングテーブルの下に必死で逃げ込んだことを記憶している。小学生の頃から地震の避難訓練で、机の下に避難する真似事は何度もしてきたが、本当に恐怖を感じて机の下に文字通り「逃げ込んだ」のは生まれて始めての経験だった。

ただしこの2005年の地震では、「瞬間的な恐怖」を感じただけで、私自身は直接的にしろ間接的にしろ全く被害を受けることはなかった。何かモノが壊れることもなかったし、電気・水道・ガスが止まることも無かった。通信に関して言えば、直後に名古屋の家族と連絡が取れたかどうかは、記憶にさえも残っていない。と言うことは、少なくともそれほど困る事態にはなっていなかったのだろう。世の中では公共交通機関が長時間に渡ってストップし、大量の帰宅難民が生じたらしいが、幸運なことに私は自宅に居て難を逃れた。

しかし今にして冷静に考えてみれば、普段は一日の半分以上を外出して過ごしている私にとって、地震発生時にたまたま自宅に居たのは、単に幸運なだけだったことが分かる。外出していれば、帰宅難民になっていたであろうし、家族が木造住宅にいたならば連絡の可否は死活問題になりかねなかった。このことを踏まえて、しっかり備えをしておくべきだったのだが、「喉元過ぎれば・・・」のごとく、特に対策らしい対策はすることはなかった。だからこそ、2005年のこの地震も、再度思い出してみる必要があると思うのだ。交通機関が止まるレベルの地震は、別に「100年に一度」ではなく、「数年に一度」はやってくる。そしてまさに「それ」がやってきたのが、2011年3月11日だった。しかも、規模を遥かに大きくして。



【2011年3月11日そのとき】
その時私は、Citrixが入居する「霞が関コモンゲート」の23階にて、10名ほどの販売パートナー様を相手に、Citrix製品のトレーニング講師を務めていた。
霞が関コモンゲート

講義をしながら立ち上がっている際に揺れがやってきて、「おや、地震のようですね。」と発言したことを覚えている。興味深いことに2005年のような急激な揺れは無く、恐怖を感じるようなものでは全くなかった。その分、私も周囲も妙に冷静で、ただ普通に座って揺れが収まるのを待っていた。

お客様に対しては、「このビルは非常に新しいうえに、免震設計もしっかりしているはずなので、ビルの中でじっとしているのが一番安全ですよ。」と発言し、そのとおりお客者様も冷静に椅子に座り続けていてくれた。ビルの免震構造が効いていたのか本当に揺れは緩やかで、難点と言えば、恐怖ではなくて乗り物酔いのような気持ちの悪さだけだった。加えて、揺れが異常に長時間続いたことへの気味悪さも感じていた。今にして思うと、天井からの落下物の心配はあったはずなので、一時的にせよ机の下に潜ることを誘導すべきだったかもしれない。結果的には最後まで何も起きなかったが。

もちろん、この揺れの緩やかさは、首都圏の建物の中では特殊なほうだったわけだが、そのことが分かったのは随分と後になってからのことだ。私の自宅(14階建てマンションの11階)では、地震発生時に食器棚から大量の食器が落ちて大きな音を立てて割れてしまい、妻と長女は絶望的とも言っていい恐怖を感じていたらしいのだが、そのことを知ったのも、地震発生日の深夜になってからのことだ。地震発生直後の私はと言えば、10名ほどの社外のお客様をホストする立場にあり、彼らのことをケアすることが目の前の最重要事項だった。霞が関での揺れが大したことがなかったため、横浜の自宅も同程度だろうと勝手に思い込んでしまい、家族の心配は二の次三の次だった。2005年の地震の地震体験からすれば、もっと想像力を働かせて、自宅の惨状を考えるべきだったかもしれない。

地震発生後の状況に話を戻そう。そのときの私は妙に鈍感なのか冷静なのか、「このままビルの中に留まることが最も安全」と判断することに疑いは無かった。お客様に対しても、ビル自体の免震性の高さを継続的に訴えるとともに、「今外に出ても、交通機関は動いていないだろう」ことを根拠に、もこのままビル内に留まることを薦めた。これも結果論としては大きな問題はなかったが、もっと深く考えるべきだったかもしれないと反省している。お客様たちは、私以上に入ってくる情報も行動の自由も制限されていたため、私の支持に従うしか行動の余地がないのだ。私の判断で彼らの安全が脅かされる可能性さえもあったのだが、そこまでの自覚は無かったと言わざるをえない。

幸いなことに、震災時もビルの電力とインターネット接続は生きていた。トレーニングを開催していた教室には、受講者一人ずつにインターネット接続端末があり、揺れが収まってほどなくすると「震源は東北で、相当に規模の大きい地震だったらしい。」と言う情報も入ってきた。ただし、インターネットから得られる情報は断片的で、震災の全貌を実感することはできなかった。ましてや、首都圏でも十分に大きな被害が出ていることは、その時点では想像だにできなかった。

各種の情報が断片的ながらも入ってくるうちに、もうひとつ新たな問題が発生した。お客様の一人が東北出身で、ご家族が東北にいるのだが、携帯電話の連絡が全く通じないとの事。会社の固定電話をお貸ししたが、これもダメ。そのお客様の顔が険しくなっていくのが分かるが、残念ながらどうしようもない。私自身も横浜の家族に電話をかけても繋がらなかったので、東北はさらに難しかったのだろう。(結局、このお客様が東北の家族と連絡が取れたのは深夜になってのこと。幸いにもご無事だったらしい。)

その後、お客様にはインターネット閲覧を続けていただいたり、テレビを見ていただいたりはしたが、基本的にはそのまま教室で過ごすことをお勧めした。夕方までには、歩いて帰れる程度の距離に家がある一部のお客様は歩いて帰り始めたが、一部のお客様は結果的にCitrixの会議室で一晩を過ごすことになった。そして私も交通機関が動いていない以上は、約30km先の自宅に帰ることも出来ず、一晩オフィスで過ごすことにした。

<次回エントリに続く>

日経新聞の少し残念な記事

我が家は日本経済新聞は購読していない。しかし通勤電車内で下記の大見出しが目に入って、思わず会社近くのコンビニで一部購入してしまった。
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 「相次ぐサイバー攻撃・災害 企業、サーバー集約し防御」

まさに私の最近の興味の中心が一面トップで扱われているではないか!
だが実際の記事内容は、残念ながら期待はずれだった。

見出しからは「サーバー集約がサイバー攻撃への防御になる」と読めるが、それにしては記事に書かれた根拠があまりにも薄弱。これでは読んだ人の多くが間違った期待を抱いてしまうか、サーバー集約に対してかえって懐疑的になってしまうかではないか。

--------------------以下日経新聞からの引用------------------------------
企業内クラウドで集約先のデータセンターが攻撃されたり、被災したりすれば全社の情報システムが機能しなくなる恐れがあるが、サーバーが数百カ所に分散している現状に比べれば、数カ所に集約した企業内クラウドの方が防御策を講じやすい。
(中略)
これらデータセンターは震度7に耐えられる強固な構造を持ち、自家発電装置も備えている。情報通信技術の専門家を集中的に配置し、サイバー攻撃への防御力も高める。
--------------------以上日経新聞からの引用------------------------------

サーバー集約によって、地震などの自然災害や停電への耐性を高まる理由は、まあ納得できる。データーセンターの物理的な耐震化や自家発電装置は、まさに直接的に被害を防いでくれるものだ。それに比べると、「サイバー攻撃への防御力を高める」根拠が、「情報通信技術の専門家を集中的に配置」することだけと言うのは実に寂しい。


誤解していただきたくないのだが、サイバー攻撃への対処としては、サーバーが分散しているよりは集約しているほうが好都合だと私も考えている。ただしサーバー集約は、サイバー攻撃への防御を高めるための複数ある手段のうちのほんの1つであり、しかも他のより重要かつ直接的な手段を行うための、間接的な手段(手段のための手段)でしかない。

サーバー集約の他の「より重要かつ直接的な手段」とは具体的に、「重要情報の隔離」であったり「トラフィックの監視」だったりするのだろうが、残念ながらそれらには全く触れられていない。さらには、相変わらず分散されたままのはずのユーザ端末(パソコン)についても何も記述はない。実際のサイバー攻撃では、まずユーザ端末から狙われるのだが。


まあ一般紙でそこまで詳細を書く余裕がないことは理解できる。それなら今回の記事の場合は「災害対策」までで止めておいたほうが良かったと思う。サイバー攻撃対策はもちろん重要だ。だあれば、自然災害対策やクラウド(実はこれについても説明不十分)とは切り離して、あらためて別記事でもう少し深く取り上げるべきだろう。

あらためて取り上げることを期待してますよ、日経新聞さん。


さらば中日ドラゴンズ

初めて「彼ら」を意識しはじめたときのことは、今でもよく覚えている。そのとき私はまだ小学校二年生で野球のことなどさっぱり分からなかったが、「20年ぶりの優勝」とやらで騒ぐ周りの大人たちに引きずられて、その瞬間のテレビは見ていたらしい。試合そのものは何も覚えていないのに、優勝後に球場グラウンドが人で埋め尽くされお祭り騒ぎになっていた映像だけは、なぜかしっかりと頭に焼き付いている。
1974年ドラゴンズ優勝

そんなはしゃぎまくる大人たちに煽られてか、野球など分かっていないはずの小学校二年生の教室でも、期待の地元球団の話題がすぐにもちきりになった。幸いなことに当時は、野球を知らない子供に野球の打順の何たるかを教える絶好の教材が存在していた。「♪一番高木が塁に出て~、二番谷木が送りバント~、三番井上タイムリー~、四番マーチン ホームラン~・・・」の歌詞でおなじみ(?)の「燃えよドラゴンズ!」は、この年に作られ、いまだにメンバーを変えて歌い継がれているのだ。おかげでその当時のレギュラーメンバー(高木・谷沢・木俣・マーチンら)は、私の年代のドラゴンズファンなら誰でも明確に覚えている。

しかしその後、私が小学校の高学年から中学生にかけての、もっともスポーツチームに気持ちを入れ込みたい時期、残念ながらずっとずっと彼らは弱かった。私の育った名古屋市内は、当然のことながらドラゴンズファンが圧倒的に多かったが、ごく稀にいる巨人ファンの「へそ曲がり」に全く頭が上がらない日々が続いたのだ。

その後、高校一年のとき(8年ぶり)、大学三年のとき(6年ぶり)、最初の転職をした直後(11年ぶり)にもリーグ優勝したが、日本シリーズでさっぱり勝てないことと、優勝の翌年に情けないほど弱くなってしまうことは相変わらずだった。もっとも、この程度の頻度のリーグ優勝は、それはそれでありがたみは増すかもしれない。私も上述の3回の優勝の瞬間、その時自分がどこで誰と過ごしていたか、はっきりと記憶に残っている。例えば1988年のリーグ優勝時は、友人たちと大学近くのラーメン屋台でテレビを見ていたな。あの「郭源治が泣いています」と言う東海テレビ吉村アナウンサーの歴史に残る実況を聞きながら、寒い中大汗をかいてラーメンを食べ、それが祟ってか翌日以降ひどい風邪をひいたことも良く覚えている。

そんな「思い出したように時々リーグ優勝するチーム」が明らかに変わったのは、もちろん落合博満が監督になってからだ。優勝の頻度だけでなく、8年間の長きにわたってずっと強豪であり続けたのは、過去まったくなかったことだ。

強くなっただけではない。たまにテレビで見る落合ドラゴンズは、判官贔屓を抜きにしても魅力的なチームだった。8年間君臨し続けた荒木・井端の二遊間の守備の美しさは言うまでもなく、期間は短かったが英智・アレックス・福留のスーパー強肩外野手の揃い踏みは、まさにプロでしか見られないものだった。これらプロ中のプロの美技は、いまだにYouTubeで楽しめることもありがたい。
 
 
実は私個人の生活も、落合博満が監督になった年(2004年)に大きく変わった。三度目の転職とともに37年間過ごした名古屋を離れ、横浜に住み始めたのがこの時。テレビ中継でドラゴンズの試合を見られる機会が激減するとともに、中日新聞や地元テレビ局の「大本営報道」や、実際のファンの声も耳に入らなくなった。

そんな中、本当に最近になって知って驚いたことだが、名古屋での落合ドラゴンズの人気はいまひとつだったらしい。あらためてネットの論調を調べてみると、解任発表前は落合批判派が多数を占め(代表例がこちら)、解任発表後に擁護派も盛り返してきたかと言ったところ。ネット上の落合批判派に言わせると、この8年間強かったのは「監督の功績ではなく単純に選手が良かったから」と言うことのようだ。もちろんネットの落合批判派は「良い選手がいる」状態がなぜ8年間の長きにわたって続いたのかの理由は全く明らかにはしていないが・・・

まあ、一般のファンが野球そのものよりも監督のキャラクターのほうに楽しみを求めるのは百歩譲って仕方ない。みるからに熱血キャラの星野や、文句のつけようの無い人格者キャラの高木守道に比べれば、寡黙なだけの落合は面白おかしくないのは理解できないこともない。

それにしてもだ!

球団フロントがそれにつられてどうするよ。しかも球団オーナーは新聞社なのだから、野球本来の魅力をファンに伝えるのが仕事だろう。メディアが商業主義になるのは仕方ないにしても、その商業主義にさえ徹底できていないのは情けない限りだ。あの強さと美しい守備は、十分にビジネスとしても魅力的のはずなのに、それを活かしていない。中日新聞は自分たちがラクすることしか考えていないのか。


そして今日、落合ドラゴンズの冒険は終焉を迎えた。中日新聞社の決断は、「彼らにとっての古き良き時代」へ回帰することだった。つまり、「たまにしか優勝できないが、そのたまの優勝が印象に残る」ような時代へとだ。呆れたことではあるが、中日新聞とドラゴンズ球団は、そのような懐古趣味でビジネスも回復すると本気で考えているらしい。この明らかな変化の時代に、変化そのものを拒んでしまったのだ。この場合の「変化」とは、安易に監督を変えることではもちろんなく、プロ球団を中心としたメディアとしてのビジネス戦略の変化のこと。強くて寡黙な落合ドラゴンズは、その寡黙さゆえにメディアにとって実に魅力的なコンテンツのはず。落合関連書籍が解任発表後にベストセラーになっていることがなによりの証拠だ。


いささか感情的な理由ではあるが、私も今日をもって30年近く続いたドラゴンズファンを卒業しようかと思う。ベイスターズさん、落合博満を監督にしませんか?そうすればファンになって年間5回以上はスタジアムに行きますよ。

NOT「ナベツネ 対 清武」 BUT「既存メディア 対 新興ネットメディア」

今日はIT関連の話題から離れて、時事ネタを。

プロ野球の巨人軍が騒々しい。
清武
 
この騒動の中身自体にはあまり興味はないが、少し視点を変えると興味深い事実が浮かび上がってくる。何年か後に振り返ると、歴史的な事件として振り返られるかもしれない重要な事実ではと考えているのだが、皆さんいかがでしょう?

どう言うことかと言うと・・・

既存メディアとしての新聞社の中枢にいる人物が、
自ら新興のネットメディアに対する敗北を公式に認めてしまった!

初の出来事ではないかと思うのだ。

言い方を変えると、「ナベツネ 対 清武」の泥仕合なんかよりも、「既存メディア 対 新興ネットメディア」の対立軸に注目したほうが、ずっと面白い。

新聞やテレビなど既存メディアの凋落と、それに変わる新興のネット系のメディアの隆盛が言われて久しい。少なくともビジネス規模の面では、まさにそのようになっている。「何年か後には今の形の新聞は消滅するだろう」と予想する人は多い。

その一方で、「記事の信頼性やクオリティの高さでは、ネット系メディアはまだまだで、既存の新聞テレビのほうが信頼できる。」と言う人もいまだに多い。少なくとも既存メディア内部の人たちはそのように言い続けている。

ところがだ!

巨人軍の清武球団代表は、ある意味社会人生命を賭けて内部問題の告発に踏み切ったわけだが、その記者会見をネットの動画配信サービス「ニコニコ動画」にも生中継させた。これは実は凄いことだと思う。清武さんは現在はプロ野球球団の代表をしているが、元々読売新聞の記者だった人物だし、今も読売新聞の中枢にいて当然新聞社の利害とも一致する立場にいる。

そんな人が、自らの社会人生命をかけた記者会見を、ネット動画で生中継させたのだ!

この人は十分に分かっていたのだろう。自分がこれからやる記者会見は、既存メディアには黙殺されるか、報道されたとしても曲解されるかだと言うことを。だから、自分の言い分を全て伝えてくれるネットメディアに助けを求めたのだ。つまり、既存メディアの代表格である読売新聞の中枢にいる人物が、「既存メディアだけでは信用できません。ネットメディアを入れないと正しい報道はされないのですよ」と、公式に認めてしまったことに他ならないのではないか。




この意味を理解しているかどうか不明だが、少なくとも(我が家が購読している)朝日新聞は、(清武代表の予想通り?)全く的外れの支離滅裂な論評をしている。

------以下、朝日新聞西村欣也編集委員の論評からの引用------
会社において、人事の内示は内示であり、変更されることは多々ある。それを記者会見を開いて、この時期に発表する意図は理解できない。
しかし、この声明の中にも真実が隠れているのも事実である。
-------------------------以上引用-------------------------

「理解できない」のは、西村編集委員の論評のほうだろう。この論評、素直に読むと「(たとえ会社内部で不正が行われていても)多々あることなら内部告発などするべきでない」と解釈できる。告発すべきかどうかの判断基準は、「多々ある or 滅多にない」ではなく、「不正が行われている or いない」だろう。であれば、「不正が行われているか否か」を独自に取材し、それを元に論評するのが新聞社の役目ではないのか。

また、「真実が隠れている」なんて、まさに思考停止していることを示す表現だろう。全てのことには何らかの真実が隠れており、「真実が隠れていないこと」なんて一体どこにあると言うのか?(全て嘘の内容にだって、「その嘘をつきたい動機がある」と言う真実が隠れている) 私自身も朝日新聞の記事には「真実が隠れている」と思うよ。だから高いお金を払って購読しているわけだが。  ---実は新聞を購読する最大の目的は、折込チラシなのだが、それはこの際置いておこう---


さらに西村編集委員は、同じ論評の中で上記主張と矛盾するようなことも書いている。
------以下、朝日新聞西村欣也編集委員の論評からの引用------
巨人という球団は清武代表が暴露したように、渡辺会長の「鶴の一声」で動いてきた。
(中略)
今年もそうだった。大震災に配慮し、電力問題もあったため、選手会が「開幕延期」を主張したのに、全く耳をかさずに、強行しようとして、世論の猛反発にあった。これは清武代表、あなたも同罪だ。
-------------------------以上引用-------------------------

清武代表はいったいどうすればよいのか?ナベツネ氏の言うことを聞けば「同罪だ」と弾劾され、それではと反旗を翻せば「理解出来ない」とされてしまう。


西村さんの気持ちもわかるよ。こんな支離滅裂な論評が出ると言うことは、同業者による「同業者らしくない行動」に随分腰を抜かしているのだろう。---それこそ「真実が隠れている」ね(笑)---

おそらく思うに、新聞社においては「社内問題の批判はタブー」と言う文化が出来上がっているのだろう。であれば、上で紹介した西村編集委員の「理解できない」と言う論評もうかがい知れる。清武球団代表も元読売新聞記者であり、社は違えど新聞社の一員が社内問題を内部告発するなんて、それはそれは仰天ものだったのだろう。もちろん清武代表も、そのタブーを分かっていたからこそ、「禁断のネットメディア」に頼らざるをえなかったのではないか。


別に現在のネットメディアが「実に素晴らしいものだ」とは私も思っていないし、それを礼賛するつもりもない。しかし、新興ネットメディアが既存新聞社に確実に勝る要素がひとつある。それは、読者からのフィードバックに非常に敏感であることだ。記事ごとに内容が評価され、多数の賛同者が得られる場合もあれば、いわゆる「炎上」する場合もある。そのような中でクオリティの高い記事のライターが生き残っていく土壌は少なくともある。(必ず質の高いものが生き残るとも断言できないが、既存メディアよりは相当にマシなシステムではあると言う意味)

一方の既存メディア。読者からのフィードバックは極めて限定的であることに加え、社内批判さえもタブー視されていることがうかがい知れる。これでは既存メディアの凋落のスピードは我々の予想よりもずっと早いかもしれない。今回の件は、それを象徴する出来事として記録に留めておきたい。



今回のエントリでは既存メディアを批判したが、これはどんな分野でも既得の力をもっている組織には起こりがちなことだろう。自分自身および自分自身が所属する組織への戒めとして胸に刻む必要があるのが、次のダーウィンの言葉。

チャールズ・ダーウィン
「最も強いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残るのだ」

標的型攻撃(4) ~また朝日で一面TOP~

今日も朝日新聞は、サイバー攻撃関連記事を一面トップに持ってきた。
朝日新聞
 
今日からスタートした中国軍の能力や戦略を探る連載記事の一環らしいのだが、その連載第1回の主題が、空母でもステルス戦闘機でもなく「サイバー戦」だと言うことが非常に興味深い。

まず最初に、記事を読んで残念に思ったことから。ジャーナリズムの観点で見て朝日のこの記事は、自ら目的として掲げた「中国軍の能力や戦略を探る」ことを達成できていない、落第点の記事だと思う。

そもそも軍隊がサイバー戦争に備えることなど、「なにをいまさら」と言った常識レベルの話だし、記者の独自取材による新ネタも乏しい。「軍とつながりのある職業訓練校のコンピュータ実習室が、一連のサイバー攻撃の拠点となっているらしい」と言うのが、この記事の柱の一つだ。しかしその根拠として書かれていることと言ったら、取材に基づく一次情報としては「特に警備が厳しかった」と言う程度のものだけ。あとはいわゆる「関係者の話」に基づいた、「何かアヤしい」程度の情報しか取り上げられていない。この程度の記事なら、普通にそのあたりの無報酬のブロガーでも書けることだろう。取材費のたっぷり使える天下の朝日新聞なら、もう少し踏み込んで欲しかった。

記事中で唯一目新しい情報と言えたのが、記事を書いた朝日の峯村健司記者に送られた「標的型攻撃メール」に関する実録(詳細後述)なのだが、これは「中国軍特集」とは関係ない、独立した記事にすべきではないか。「記者が受け取った攻撃メールは中国軍が関与している」とする理由が薄弱すぎて、「中国軍に関する記事の一環」として取り上げるのは、ともすると悪意のある印象操作とも取れる。


期待が大きかっただけに苦言を呈してしまったが、我々一般市民への「注意喚起」と言う点では、今回の朝日の記事は非常に意義深い(だからBlogで取り上げている)。サイバー戦は、まさに「今そこで起きていること」であり、我々が(正しい知識を得たうえで)注意しなければいけないことは間違いないからだ。

上記で「唯一面白い」とした、記者に実際に送られた「標的型攻撃メール」の記述を紹介しよう。ことし4月に、峯村記者が下記(一部のみ抜粋)のようなメールを受け取り、その添付ファイルがまさにウィルスだったとのこと。
朝日新聞2
 
幸いなことに、この攻撃メールは、攻撃メールとしては相当に未熟で、峯村記者も怪しいと感じて添付ファイルを開くことはなかったらしい。日本人読者からのメールを装っているが、よくよく読むと「ニュスを拝読したいことがあります。」だとか、「中国海軍の実力がわかりになることがあります。」だの、「軍艦見たいの船をみました」と言った(全て原文のまま)、普通の日本人ならまず書かないようなおかしな日本語になっている。また、添付ファイル(ウィルスの正体)は、「.rar」の拡張子の付いたファイルになっており、これも一般には使われない圧縮形式だ。

ただしこの未熟な攻撃メールの実録は、「将来にわたる安心材料」には全くならない。攻撃者の側に立って考えると、上記した攻撃メールの未熟さを改善することは、それほど難しいことではないからだ。日本語が十分に堪能な人間を雇って自然な日本語に書き直し、添付ファイルの拡張子を「.pdf」にするだけで、騙されて添付ファイルを開く者は相当数いるだろう。加えて、記事中の攻撃メールでは「はじめましてメール」でいきなり攻撃を仕掛けてきたが、何度か通常のやりとりをして安心させたうえで攻撃メールを送りつけることは、攻撃者がその気になれば十二分に可能なことなのだ。

なお、記事には明確に書かれていなかったが、この攻撃メールに関して私が注目したい点が2つある。

1点目は、朝日新聞の峯村記者宛にピンポイントでメールが届いたこと。当然記者のメールアドレスが攻撃者に漏れていたわけだが、大手新聞者の記者のメールアドレスはどのように管理されているのだろうか?取材時に気軽にアドレスの書かれた名刺を渡したりしているのだろうか?もしくは一般のビジネスマンよりは厳重に管理されているのだろうか? (ご存知のかたがいたら教えてください) もしも厳重に管理されたうえでアドレスが漏れたとしたら、攻撃者の調査能力は大したものだ。いずれにせよ、新聞記者だけでなく我々一般のビジネスマンも、今後はメールアドレスを名刺に書いて気軽に渡す習慣は、考え直したほうが良いかもしれない。

2点目は、通常のウィルス対策ソフトでは添付のウィルスを検知出来なかったらしいこと。記事に明確に書いていないことが残念だが、メールに疑いを持った峯村記者は、添付ファイルの調査をわざわざ日本IBMの専門家に依頼したとのことなので、市販ソフトでは検知できなかったと判断することが妥当だろう。 (おそらくウィルス対策ソフトメーカへの配慮から明確に書かなかったと推測する) このことに関しても、改めてウィルス対策ソフトの限界を意識しておくべき教訓となるだろう。



一般紙の朝日新聞がここまで騒いでいるわけなので、サイバーアタック関連記事は今後も続くだろう。しばらくこのBlogでもウォッチしていきたい。
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