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「世界はフラットになっている」と考えれば、世の中の変化も少し違った見方ができるはず!その考え方のもと、ITを中心に日常生活から世界のニュースまで幅広い題材を取り上げるブログ。

ビジネス理論

カップヌードルミュージアムで安藤百福の偉大さを知る

1週間前の4月14日に、横浜みなとみらいにある「カップヌードルミュージアム」に行ってきた。
cupnoodles

行く前は大して期待はしていなかったと言うのが正直なところ。アトラクションひとつ「チキンラーメンファクトリー(チキンラーメンを実際に手作りできる!)」の事前予約が出来ていて(土日祝の予約は極めて困難)、単純に家族サービスの一環としてのみ行ったつもりだった。だが、そんな事前の予想は、見事に良い方向に裏切られた。

このミュージアムは素晴らしい!!

子供はもちろん、大人でも十二分に楽しめる。私個人ほぼ一日楽しめたし、何よりも安藤百福の業績やビジネス哲学を知って、大いに感銘を受けた。今日のエントリでは、安藤百福について私が受けた感銘を、皆さんに紹介したいと思う。

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「カップヌードルミュージアム」と言う名前は実は「通称名」で、その正式名称は「安藤百福発明記念館」と言う。安藤百福とは、即席麺(『チキンラーメン』と『カップヌードル』)の発明者にして日清食品の創業者のことだ。

安藤百福は、知る人ぞ知る偉大な発明家で、子供向けの伝記漫画にもなっている。
安藤百福
        <Amazonでの購入はこちら>

もっとも、「知る人ぞ知る」とは言っても、日本にはさらに有名な起業家がいて、例えば本田宗一郎(ホンダ)や松下幸之助(パナソニック)や盛田昭夫(ソニー)に比べると、安藤百福の知名度はイマイチかもしれない。実は私自身も、かろうじて「チキンラーメンの発明者であることを知っていた」程度の知識しかなく、安藤百福の本当の偉大さを知ったのは、ミュージアムに行って展示を見てからだった。

以前の私と同様に、安藤百福に関しておぼろげな知識しかない人は、こちらのウィキペディアの記事を読むのが良いだろう。その業績が簡潔にまとめてある。

でも今なら、断言できる。
安藤百福の偉大さは、本田宗一郎や松下幸之助や盛田昭夫をも凌駕する!

その理由は下記の3つ。
1. 安藤百福は、即席麺とその製法を、誰の力も借りずに全く一人だけで発明した。
  (本田宗一郎も松下幸之助も盛田昭夫も、「独力」での画期的な発明は知られていない)

2. 発明した即席麺も、その製法(瞬間油熱乾燥法)も、今でも形を変えずに残っている。
  (ホンダのCVCCエンジンは今は無く、ソニーのウォークマンも仕組みを大きく変えてしまった)

3. 自らが苦労して発明した即席麺の製法特許を、競合他社に惜しげもなく公開・譲渡した。


私が特に感銘を受けたのは、3. の製法特許の公開・譲渡についてだ。これがなぜそれほどまでに素晴らしいかと言う理由については、追加説明が要るかもしれない。

安藤百福が発明し、1958年に発売されたチキンラーメンは、すぐに人気商品となった。だが、それを模倣した粗悪な製品が他社から売られることを誘発してしまうことにもなった。日清食品は、当初それら粗悪な模倣品に対して裁判などで争っていたが、いくら裁判で勝てても、結局は「もぐら叩き」にしかならなくなってしまった。粗悪品は、後から後から出てくるのだ。

この状況に対する「抜本的な解決」が、製法特許の公開・譲渡だったのだ。つまり、それまで粗悪な製品しか作れなかった競合他社でも、日清食品と同レベルの品質のインスタントラーメンを作れるようにすることで、粗悪品が作られることを根本から防止したわけだ。チキンラーメン発売から僅か6年後の1964年のことだ。確かに「お客様第一」の観点からすると、素晴らしい判断だと言える。

だがいくら「お客様第一」と言っても、これは自社の利益を著しく損なうことにならないだろうか? せっかくの自社の強みを、みすみす競合他社に与えてしまったのだ。それがきっかけでシェアを大きく奪われれば、自社に対する「背任」とも言えるのではないだろうか?

いや、そんなことはない!
この製法特許の公開・譲渡は、日清食品自身が事業拡大にも結びついた英断だったのだ。

安藤百福自身の有名な言葉を引用しよう。

「日清食品が特許を独占して野中の一本杉として発展することはできるが、それでは森として大きな産業には育たない」

全くその通りだと思う。類似した競合製品の無い1社独占の状態(野中の一本杉)では、その製品カテゴリ自体(森)が市場に受け入れられないのだ。これは、インスタントラーメンのような(当事としては)新しい技術を使った目新しい製品カテゴリの場合に、特に良く当てはまる。

私は、下記2つのエントリにも記したとおり、以前からこの「競合必要説」を唱えている。

(AppleのiPhoneは、Androidの登場によって売上げを拡大した)

(Citrixのデスクトップ仮想化製品は、VMwareによる市場参入で売上げを伸ばしたし、今後も伸ばせる)


もちろんこの説を唱えているのは私だけではなく、上記エントリでも紹介したとおり、「キャズム」と言う超有名なビジネス書にも書かれている。しかし、「競合必要説」が最も当てはまるはずのハイテク業界において、それを信じて競合の存在をうまく活用していることは意外に少ない。

現在ほどビジネス理論の確立していなかった1960年代に、まさに自らの身を削るような大英断を下した安藤百福の洞察力は、いくら尊敬してもし過ぎるものではないだろう。



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【閑話休題】
カップヌードルミュージアムを訪れるきっかけとなった「チキンラーメンファクトリー」では、まさに安藤百福が独力で発明した際と全く同じ作り方で、チキンラーメン造りを体験できる。それはまさに、小麦などの材料を「混ぜて練る」ことから始まって、麺の形に生成して最後は油で揚げるまでの製造工程だ。

<この写真は、製造工程最後の「瞬間油熱乾燥」をしているところ> 
油


その1週間前に家族で作ったチキンラーメンだが、まさに今日4月21日の昼ご飯で、やはり家族そろって食べてみた。

日清チキンラーメンは、もう何十年も食べてなかったが、
「こんなに美味しかったんだ・・・」
と言うのが、食べてみての感想。

<自ら作って、自ら食べたチキンラーメンパッケージの「抜け殻」>
チキンラーメン



最も偉大な日本人発明家にして起業家、安藤百福に乾杯!
MomofukuAndo




「新しいiPad」に見るAppleの戦略 ~「キャズム」と「イノベーションのジレンマ」的考察

6日前のエントリに書いたように、「新しいiPad」を発表後にいち早く発注した。下記の通り、既に発送されたらしいので、何事もなければ明日3月16日(金)に我が家に届けられるはず!
AppleStore
 
偶然その日は、長女の幼稚園卒園式のために有給休暇取得予定なので、かなり早い時間に触ることが出来そう。本当に楽しみだ。

ここからが今日の本題だが、
私の期待はさておきこの新しいiPad、「期待はずれ」との声も多く聞かれる。

まずは天下の朝日新聞が、「新iPad 肩すかし」との見出しで報じた。(こちらのサイトで、そのイメージがご覧になれる)

ネットでは、下記2つのBlogが「期待はずれ派」の急先鋒だろうか。

確かに今回の発表では、驚くような新技術も新機能もなく、何らかの「サプライズ」を期待していた人たちから見ると、肩すかし感は否定できない。私も、発表直後は正直言ってがっかりした。

ところが、「ハイテクオタク」的な発想を離れて、純粋にビジネスの観点で見てみると、Appleのなかなかにしたたかな戦略が見えてくる。その際にベースとなる考え方は、当Blogで何度か取り上げた「キャズム」理論と、「イノベーションのジレンマ」理論の、両巨頭とも言える2つのビジネス理論だ。

■まずはキャズム理論による説明から
キャズム理論によると、画期的なテクノロジを用いた新しいタイプの製品の場合、それを購入しようとする顧客の層は、下図のように分類される。
chasm
1) ハイテクオタクが真っ先に購入し、進歩派がそれに続く。

2) さらにその後に実利主義者や保守主義者が購入するようになると、
  製品の販売は大きく伸びる。

3) ところが進歩派の購入動機と実利主義者の購入動機には
  大きな隔たり(キャズム)がある。
  進歩派に対して成功したマーケティング戦略は、実利主義者には通用しない。

4) ハイテク製品で商業的な成功をおさめるためには、
  この隔たり(キャズム)を意識して、
  実利主義者に訴えるマーケティングを行わなければいけない。

この理論に従い、「Appleは、いよいよ本腰を入れてキャズムを乗り越え、実利主義者層や保守主義者層にiPadを売ろうとしている。」と考えると、Appleのやっていることは極めて理にかなったものに見えてくる。

ではその実利主義者や保守主義者は、自分たちがお金を払って購入する製品に対して、具体的に何を望むだろうか?

驚くような新機能・新技術だろうか?
答えは「No」。
それを望むのは、ハイテクオタクと進歩派だ。新しいiPadに対してサプライズ技術が無かったと失望しているのは、これら新しいもの好きの層であり、Appleは「それらの層には既に十分にiPadは浸透した」と判断したのだろう。


値段の安さだろうか?
まさに「Yes」。
今回のAppleの発表の中で、見逃しがちであるが実は非常に重要なポイントとして、「値下げされて併売される iPad 2」があると考えている。昨年12月の「AndroidタブレットがiPadにどうしても勝てない3つの理由」と言うエントリの中で、「Appleは、iPadの販売価格を下げようと思えば、いつでも下げることができる」と書いた。とは言っても、ただ闇雲に値段を下げるだけでは、Android陣営との消耗戦になり、さらにはブランド価値も落としてしまう。
「新しいiPad」でブランド価値を維持しながら、「旧型iPad(iPad 2)」で価格重視の実利主義者を取り込んでいくと言うのは、非常にうまいやり方だと思う。新型と旧型で、多くの部品を共通化しているのも、コスト競争の点では有利だ。


何年も同じものを使い続けたいか?
これも「Yes」。
「新製品が出るたびに買い換える」のは、ハイテクオタクや進歩派に特有の行動。実利主義者は決してそのようなことはせず、製品が完全に陳腐化するまで同じものを使い続ける。その期間は、長ければ長いほどよい。
製品がモデルチェンジの度に大きく変わのは、旧型機種の陳腐化を促進してしまう。今回の新しいiPadの機能・性能の向上はいたってマイルドだが、それは「Apple製品は、そこそこ長く使い続けられますよ」と言う、実利主義者や保守主義者に向けたメッセージとも受け取れる。



■次にイノベーションのジレンマ理論による説明を
「本当に旧来のテクノロジを破壊し新たな市場を作る技術と言うものは、旧来のテクノロジとは不連続な革新を伴う」と言うのが、「イノベーションのジレンマ」の触りの部分。
innovation

iPad は、パソコンに対する破壊的技術になるだろうし、iPod は、旧来のポータブルオーディオプレーヤーを破壊した。時代を遡れば、パソコンAppleII は、汎用コンピュータを破壊した。

「iPad」と言う枠組みの中で、いくら凄いハードウェア的な新技術が実装されたとしても、それは持続的な進歩でしかなく、「破壊的テクノロジ(=不連続な革新)」にはなりえない。

上で、「Appleは実利主義者層に狙いを移した」と書いたが、別にハイテクオタク層や進歩派層を見放したわけではないと思う。たまたま今回のiPadの発表ではフィットしなかっただけだ。スティーブ・ジョブズのDNAがApple社内に生きていれば、誰も予想に出来ない「破壊的テクノロジ」の製品を、また出してくれると思う。それに期待しよう。

ちなみに、スティーブ・ジョブズ亡き後に行われたAppleの発表の中では、「教科書の再発明」こそ最も「破壊的技術」になりうるものだと思う。これに破壊されるであろう旧来技術は、グーテンベルク以来の歴史を誇る「紙の本」だ。



・・・などと言った屁理屈は抜きにしても、明日の「新しいiPad」の到着が待ち遠しい。


類似競合製品は無いと困る!Part2

まずは読者の皆さんに算数の問題。
とてもお腹がすいていて、少しでも多く何かを食べたいとき、下記のA) と B) のどちらを選ぶべきでしょう?
独占と競合

算数問題の正解は B)。

円の面積は「半径×半径×円周率」で求められるので、計算するとB)のほうが少しばかり大きくなる。
A) (20/2)×(20/2)×円周率=約157 平方cm
B) {(30/2)×(30/2)×円周率}÷2=約176.6 平方cm

数学的センスのある人ならば、電卓を使ってここまで計算しなくても、「面積は、長さの二乗に比例する」ことですぐにB) のほうが大きいことを感じ取れるだろう。一方で、直感を信じてA) のピザを選ぶ人も少なからずいるのではないか。

別に算数の話をしたいわけでなく、いわゆる「ハイテク製品」のマーケティングが、今日のエントリの主題。マーケティングの世界でも、「円形ピザパイ1枚独占が究極目標」として、「シェアの取り合い」に血眼になることは多い。一方で、強力な競合とパイを分け合うことになったとしても、「ピザパイの直径自体を大きくすべき」と考えて、うまく競合を活用して市場全体を大きくすることに活路を見出すこともある。市場が既に成熟してしまった製品(例えば自動車)では、前者の「パイの奪い合い」にならざるをえないが、(例えばかつてのスマートフォンや、現在のタブレット端末のように)市場自体がこれから大きくなりうる市場では、一社独占の状態よりも競合がいたほうが市場の拡大は促進される。

当Blogでは、3ヶ月以上前に「類似競合製品は無いと困る!」と言うエントリを書いたが、これはまさに競合によって市場自体を大きくする考え方の紹介だった。競合の存在によって、なぜ市場が大きくなるかと言う理由が説明してあるし、実例のひとつとして、AppleのiPhone の売上げが、競合であるはずのAndroidの登場によって、競合の無い独占状態のときよりもむしろ大きく伸びたことを示した。興味のあるかたは、是非上記リンクをクリックして過去エントリも見ていただきたい。


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で、実はここからが本題なのだが、「シンクライアント」あるいは「デスクトップ仮想化」と呼ばれるような分野も、現時点では市場自体がまだまだ小さくて、これから市場を大きくしていかなければならない分野と言える。

かつてCitrixは、画面転送を使った「シンクライアント」あるいは「デスクトップ仮想化」の市場で、ほぼ一社独占の状況にいた。そんな中、2006年頃によく似た画面転送技術を使って、競合として新たに市場に参入してきたのがVMwareさん(敬意を込めて「さん」づけします)だった。このことをきっかけに、「シンクライアント」あるいは「デスクトップ仮想化」の市場が活性化し、市場規模自体も大きくなったことは間違いない。お客様からの引き合いも、メディアに取り上げられることも多くなったと実感している。さらには、少なくともCitrixの売上げは、VMwareさんのデスクトップ仮想化市場参入以来伸び続けているのだ。

ただし、デスクトップ仮想化の市場全体が活性化してきたとは言っても、「普通のパソコン」に比べれば2012年現在のデスクトップ仮想化市場は、まだまだ小さい。デスクトップ仮想化市場をさらに大きくするためには、Citrix側の製品・サービスの改善はもちろん、「複数製品の適切な競争」によって市場自体を盛り上げる必要があると強く考えている。

そんな興味もあって、VMwareさんの最新デスクトップ仮想化製品「VMware View 5.0」を実際に動かしてみて、強力な競合になりうるかどうかを検証し、その結果の動画をYouTubeにアップした。まずはご覧になっていただきたい。




 
最終的な評価は、実際に製品を購入するお客様や、そのお客様への提案とシステムのインテグレーションを行う販売パートナー様に委ねたい。

この検証内容の詳細については、次回のエントリで紹介する。

コダックの経営破綻と「イノベーションのジレンマ」(下)

前々回前回のエントリに続いて、「イノベーションのジレンマ」に関して。

コダックのような既存技術(アナログカメラ)に強みを持った企業は、不連続な技術革新(デジタルカメラ)に対して、どのように向き合えばよいのか?

【答え】
不連続な技術革新(クリステンセンはこれを「破壊的技術」と呼んでいる)を扱うための独立した新組織を作るしか方法は無い。

この新組織は、予算や企業文化の面で、本体組織とは完全に独立させなければいけない。相手にする顧客やパートナー企業も本体組織とは別のものであるべきだし、地理的にも本体組織とは離れた場所に置いたほうが良い。

もしくは既に不連続な技術革新に取り組んでいる別企業を買収するのも一つの手段である。ただしその場合、本体組織との統合や、本体組織からの介入は最小限にしなければいけない。



【成功例】
IBMは、元々大型コンピュータの製造販売に圧倒的な強みをもっていた企業である。
IBM System 360
そのIBMにとって、「パソコン」が将来脅威になりうる不連続な技術革新であることは、パソコン黎明期に既に予想されていた。ところが、黎明期のパソコンはある意味おもちゃのような代物で、ビジネス規模が小さすぎて巨大企業IBMが取り組めるものではなかった。しかしだからと言って、何もやらないと将来的に飲み込まれてしまうことも十分予想できる。つまり、典型的なイノベーションのジレンマに陥ってしまったのだ。

しかし、IBMは「イノベーションのジレンマ」が出版される20年も前に、この本に書かれている通りの正しいことを実施した。本社のあるニューヨークから遠く離れたフロリダ州に、完全に独立した組織を作ってパソコン事業を担当させたのだ。

こうして登場したのが、「IBM PC」である。
初代IBM PC
これをきっかけに、IBMのパソコン事業は少なくとも5年程度は十分に成功し、パソコン業界の中心的な存在となった。(2012年現在我々が利用しているWindowsパソコンも、この初代IBM PCの影響を受けている。パソコンの持続的進化の歴史を紐解くと、源流はこのIBM PCに行き着くのだ。)

成功していた5年間は、フロリダにあるIBMの新組織はニューヨークの本社にお伺いを立てる必要なく、自由に部品を調達し、独自の販売チャネルで自由に販売し、パソコン業界での競争上のニーズに適したコスト構造を自由に形成できる自立的な組織として存在していた。

残念ながらIBMのパソコン事業が成功したと言えたのは、最初の5年間のみだった。興味深いことに、パソコン部門と本体組織の緊密な連携を図ることをニューヨークの本社が決定したタイミングで、IBMのパソコン事業は衰退してしまった。2012年現在、もうIBMはパソコン事業から撤退している。

同様の成功事例は、IBMのパソコン事業だけでなく、HP(Hewlett Packard)のインクジェットプリンタ事業(それまでHPは、レーザープリンタから主な収益を上げていた)や、カンタムの3.5インチハードディスク事業など、相当数あるらしい。


【それでもコダックは失敗した】
「イノベーションのジレンマ」は、私のような経営学が専門ではない者でも知っている、最も有名なビジネス理論のひとつだ。コダックの経営陣は、「イノベーションのジレンマ」を読んでいなかったのだろうか?いや、それも考えにくい。

こちらの日経ビジネスの記事は、まさにコダックの件に関するクリステンセン教授のコメントを掲載していることが興味深いが、そのコメントは完全に納得できるものとは言いがたい。教授曰く「これほどの難題に直面した企業は他に見たことがない。新たに登場した技術が従来のものと根本的に違いすぎて、旧技術をもって課題を乗り越えるのは不可能だった」とのこと。コダックのケースは、本当に前代未聞の難題だったのだろうか?IBMが一時的にしろ乗り越えたパソコンだって、技術は従来のものと根本的に違いすぎるものだと思うのだが。 それに、富士フイルムが、危機を乗り越えられた説明にもなっていない。

富士フイルムとコダックが明暗を分けた理由に関しては、Web上で多くの論評が見られる。しかし、例えばこちらの「フラッシュ・メモリが日本発だから富士フイルムは生き残れた」との記事のように、ロジカルな説明になっていないものが多い。(「フラッシュ・メモリが日本発」は、理由の一つにはなっても、決定的な理由とするには、いくらなんでも根拠が薄弱)

もっとも納得のいく説明をしていたのが、こちらの大前研一氏の論評。日米の「株主の圧力の差」が、富士フイルムとコダックの明暗を分けたとのこと。日本の株主は、総じて企業がキャッシュを保持することに寛大で、そのキャッシュを使って新規事業に投資することが出来た。一方で、欧米の株主は、企業がキャッシュを持つことを許さない(株主への配当を要求する)ので、新規事業投資のための十分なキャッシュが無かったとのこと。

昨今、円高の影響で軒並み不調が伝えられる日本の製造業だが、この大前研一氏の見解は、日本企業の将来の競争力にひと筋の光を与えてくれるもののように思う。


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2012年3月18日追記
富士フイルムさんの社名を、本来大きな「イ」で書くところを間違って小さい「ィ」で記載してしまっていた。謹んでお詫び申し上げると共に、本文修正させていただきました。申し訳ございませんでした。

キヤノンさんの「ヤ」と共に、富士フイルムさんの「イ」が小さくならないのは、有名な話だそうです。無知をBlogで晒すことは、恥ずかしいことである反面、学習の機会も与えられます。
 

コダックの経営破綻と「イノベーションのジレンマ」(中)

前回のエントリに続いて、「イノベーションのジレンマ」に関してまとめる。

イーストマン・コダックの経営破綻を伝えるニュースには、多くの場合次のような論評が加えられていた。いわく「フィルム事業に拘るあまり、デジタルカメラへの対応が遅れてしまった」と。
そして多くの人は次のように考えただろう。
「もっと早くからデジタルカメラへの移行を進めていればよかったのに。」
「判断を遅らせた経営者の責任は大きい。」

しかし「イノベーションのジレンマ」によると、ことはそんなに簡単なことではないらしい。コダックのように、旧来技術(例:アナログカメラ)で良好な経営を行っている企業にとっては、不連続な技術革新(デジタルカメラ)を使った新規市場に参入することは、「不可能」と思えるほど難しく、参入したとしてもほとんど失敗してしまうと言うのだ。

なぜそこまで難しいのか?
「イノベーションのジレンマ」の著者クリステンセンは、いくつかのもっともな理由と、興味深い事例を挙げている。


【理由1】不連続な技術革新による新しい市場は、優良企業にとって旨みが無い
今現在「儲かる事業」をしている企業が、その儲かる事業のための資源を削ってまでして、「儲けの少ない新規事業」に力を入れることは、はたして正しい判断なのだろうか? 少なくとも短期的には、その正しさを裏付ける結果を得られることはまず無い。

前回のエントリで書いたように、「不連続な技術革新」は、登場直後は機能・性能・品質ともに良くない「粗悪品」として扱われる。したがってそのような製品では、少ない利益で安く売るか、もしくは極端に高くなって一部のマニアしか買わないかで、事業としての利益は極めて低くなる。いくら将来の市場拡大の可能性があったとしても、初期の時点では明らかに「投資すべきでない市場」なのである。

特にコダックの場合、カメラ購入後もフィルムによる収入の続くアナログカメラは、実に旨みのあるビジネスであり、フィルム収入の無いデジタルカメラへの投資は、当時は「自分の首を絞める」行為以外の何ものでもなかった。新規市場への投資は、短期的には明らかに損な行為なのだ。

それでも(例えばスティーブ・ジョブズのような)優れた経営者ならば、「未来への投資」として、儲けの少ない新規事業に投資するのだろうか? コダックはもっと早くデジタルカメラに投資すべきだったのだろうか? いや、それはあくまで「あと出しジャンケン」の発想である。以降の理由で説明するように、「新規事業の将来の市場予測」は、実は極めて極めて難しい。


【理由2】「不連続な技術革新」による将来の市場予測は極めて難しい
我々は、不連続な技術革新が市場においても成功し、旧来技術を使った製品を駆逐する例をたくさん見てきた。「アナログカメラを駆逐したデジタルカメラ」「大型コンピュータを駆逐したパソコン」「パソコンを駆逐する勢いのタブレット」などだ。
しかし、それらの影に隠れた「失敗作」も多くあることを忘れてはいけない。

こちらの写真の製品をご存知だろうか?
Apple Newton
ディスプレイ下のリンゴのマークに注目して欲しいのだが、これは1992年にAppleが発表したPDA(携帯情報端末)「Newton」だ。これを知っている人は、それなりのAppleマニアのはずで、一般にはほとんど知られていない。そのことからも分かるように、ビジネス的には大失敗で、鳴かず飛ばずのまま生産を終了してしまった。当時のCEOジョン・スカリーが「最重要プロジェクト」と位置づけて、研究・開発はもちろん、市場調査にも膨大な予算をつぎ込んだにもかかわらずである。

Appleのような企業でさえも、新しい市場は読み誤って失敗する。他の企業もしかりである。それにはれっきとした理由があって、「今存在しない市場」は、そもそも分析のやりようがないのだ。分析したとしてもその分析は、「持続的な進歩を前提とした既存の市場」の分析でしかなく、「不連続な革新による新規市場」の分析にはなっていないのだ。



【理由3】新規市場は、既存優良企業よりも新興企業には有利
完全な失敗に終わったとされているAppleのPDA「Newton」は、いったいどれくらい売れたのだろうか?「2年間で14万台」だったそうだ。これが「少ない=失敗」とされた根拠は、当時のAppleの全体の売上げに占めるNewtonの割合が1%にも満たなかったことによる。
ところで、次の製品の同じ期間の売上げ台数との比較は、非常に興味深い。
AppleII
このパソコンは1977年のAppleの大成功作「Apple II」で、これによってAppleは、当時のパソコン業界のリーダーの地位に立った。実は、大成功だったと言われるApple IIの販売実績は、「2年間で4万3千台」であった。それでも、社員が数名しかいなかった当時のAppleにとっては爆発的な成功と言ってよかった。

1992年当時、既に規模の大きくなったAppleにとっては、Newtonは失敗作だったかもしれない。しかし同じような製品を小さな新興企業が製造販売し、同じ程度売れれば、それは素晴らしい成功になっていたのである。つまり、不連続な革新を使った新規市場は、中小の新興企業にとっては簡単にビジネスを継続できても、大企業にとってはそう簡単にビジネスを継続できるほどの成功は得られないのである。



【理由4】不連続な革新技術による成功は、偶然の要素も大きい
新しい技術を生み出してそれがビジネス的にも成功すると、それは「成功事例」として大いに注目を集めることになる。現在のAppleへの注目がまさにそれだが、「成功には○○のような必然性があった」と語られることはあっても、成功を偶然の産物にしてしまう論評は極めて少ない。しかしそれは、偶然を理由にしては物語的に面白くないだけで、偶然による成功事例は実際には相当に多くあるようだ。

クリステンセンによると、ホンダが小型オートバイでアメリカ市場で成功したのは、全くもって偶然と幸運の産物であり、成功するための主体的な戦略・投資を、当時のホンダには全くと言ってよいほど実施していなかった。むしろ、当初は完全に間違った戦略・投資をしていたのだ。

1959年当時のホンダは、米国市場に進出するにあたって「市場調査」を行い、「米国では50cc程度の小型バイクなど誰も欲しがっていない=小型バイクの市場は無い」と結論づけた。そのため米国向けに大型バイクを新たに開発し売り込んだが、既存メーカーに対する優位性に欠けたため、全く売れなかった。

ところが、「売るため」ではなく、当時は予算も限られていたホンダの社員が「自分たちの移動用」に持ち込んだ小型バイクが、周囲のアメリカ人達の注目を集め始めていた。市場調査によって「そんなニーズは無い」と結論づけられた小型バイクは、実はニーズは十分にあったのだ。アメリカ人にとっては「見たことないから欲しいと想像すら出来なかった」だけで、実物さえ目にすれば、それは十分に欲しいものだった。このような新たな市場は、「市場調査」では正しい答えを出せない。ホンダの場合、「予算削減のために、やむなく持ち込んだ小型バイク」が、偶然にも幸運を呼んだのである。

下記は、「小型バイクにもニーズはある」と気づいてからの、当時のホンダの広告。
Nicest people on a HONDA
それまでは、米国でのオートバイは、「マッチョな男たちの乗り物」としての市場しかなかったが、それ以外の「普通の人々」でも乗れるバイクがあることを啓蒙している。

 【まとめ】
ここまでのまとめとして、クリステンセンの記述をそのまま引用するのがよいだろう。

なお、これまで私は「不連続な技術革新」と言う用語を使ってきた。一方、クリステンセンの著書では「破壊的技術(disruptive technology)」と言う用語が使われている。実はこの2つは同じものだ。後述する理由により、私が勝手に呼び方を変えたいた。
「破壊的技術」と書くと、どうしても「破壊的なほど素晴らしい技術」と思われがちであるが、ほとんどの場合そうではない。むしろ粗悪な製品として世に出されることのほうが多い。「破壊的」なのはその内容ではなく、あくまでそれがもたらす結果のことである。「破壊的技術」が「素晴らしい技術」と勘違いされないように、あえて「破壊的技術」との用語を避けていた。下記の赤太字は、日本語版「イノベーションのジレンマ」からの、そのままの引用である。
(→以降の黒字は、私(山田)のコメント)


1.資源の依存。優良企業の資源配分のパターンは、実質的に、顧客が支配している。
→アナログカメラとフィルムを求める顧客がいる以上、コダックがその顧客の要望を無視することは容易ではなかった。

2.小規模な市場は、大企業の成長需要を解決しない。
→かつてのAppleの失敗作「Newton」は、大成功作と言われた「Apple II」よりも多く売れたが、大企業となったAppleの成長需要を満たすことができなかった。

3.破壊的技術の最終的な用途は事前にはわからない。失敗は成功への一歩である。
→ホンダの小型バイクがアメリカで受け入れられるとは、事前には誰も分からなかった。需要があるはずの大型バイクの失敗で、はじめて小型バイクの需要に気がついた。

4.組織の能力は、組織内で働く人材の能力とは関係ない。組織の能力は、そのプロセスと価値基準にある。現在の事業モデルの核となる能力を生み出すプロセスと価値基準が、実は破壊的技術に直面したときに、無能力さの決定的要因になる。
→大型コンピュータのビジネスで成功する組織の能力(プロセスや価値基準)は、パソコンのビジネスで成功する能力とは全く異なっている。

5.技術の供給は市場の需要と一致しないことがある。確立された市場では魅力のない破壊的技術の特徴が、新しい市場では大きな価値を生むことがある。
→家電としてのオーディオ・ビジュアル機器は、より良い画質・音質が求められ、持続的な技術はその要求に合わせて進歩した。画質・音質ともに劣悪な「ネット動画」は、不特定多数との共有と言う新しい市場では、その手軽さが大きな価値となった。

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では大企業は、不連続な革新にどう対処すればよいのか?
ここまでの記述で、コダックのような既存技術に強みを持った企業にとっては、不連続な技術革新に対処するのが「不可能」と言えるほど難しいことを書いてきた。不連続な技術革新を前にしては、衰退を待つしかないのだろうか?

僅かだが道はある。現に富士フイルムは生き残った。その方法については次回のエントリにて。


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2012年3月18日追記
富士フイルムさんの社名を、本来大きな「イ」で書くところを間違って小さい「ィ」で記載してしまっていた。謹んでお詫び申し上げると共に、本文修正させていただきました。申し訳ございませんでした。

キヤノンさんの「ヤ」と共に、富士フイルムさんの「イ」が小さくならないのは、有名な話だそうです。無知をBlogで晒すことは、恥ずかしいことである反面、学習の機会も与えられます。
 

コダックの経営破綻と「イノベーションのジレンマ」(上)

米国を代表する企業のひとつであるイーストマン・コダックが経営破綻した。
コダック経営破綻
ニュースを聞いた瞬間に、これはまさに「イノベーションのジレンマ」だと思った。そのように考えたのは私だけではないらしく、Web上では既に、コダック経営破綻を「イノベーションのジレンマ」と結びつけて論評している記事が複数見られる。
その中で読み応えがあったのは下記の2つ。

(いずれも海外経済紙の翻訳で、日本人評論家による分析ではないのが少々寂しいが)

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「イノベーションのジレンマ」とは、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンの1997年発表の著書のこと。
イノベーションのジレンマ

この本は、知る人ぞ知るビジネス書の名著中の名著であるし、私自身も2007年頃に読んで「まさに評判通りの名著」だと確信した。今後も、コダックのように「イノベーションのジレンマ」で説明できる企業の衰退は多発すると思われるし、技術面での未来予測をするにはこの本の理論は不可欠だ。この本の重要性は益々高まっていくだろう。

今日からの一連のエントリでは、本を読んでいない人のためにと、自分自身の備忘録として「イノベーションのジレンマ」の理論をまとめておくとともに、コダックの事例をさらに深堀りして考えてみたい。

なお、以降の説明は、私(山田 晃嗣)がクレイトン・クリステンセン教授の本を読んで理解した内容を、私の言葉でまとめたものだ。内容的におかしなところや理解しにくい所があれば、責任はクリステンセン教授ではなく私にある。

【入門「イノベーションのジレンマ」】
市場で売られている製品やサービスは、供給者側の競争により、技術面でより良く進歩していくことが普通である。それら技術的進歩は大きく分けて、「持続的な技術の進歩」「不連続な革新」の2つに分類される。

情報機器の進歩で例えるなら、CPUのクロック、メモリ搭載量、価格性能比などが向上していくのは「持続的な技術の進歩」と言える。一方で、それまでキーボードとマウスを使って操作していたものから、マウスもキーボードもない「画面のタッチ」によって操作する情報機器(タブレット)の登場は、「不連続な革新」と言える。

上で例に挙げた「タブレット」では、iPadの登場があまりにも衝撃的だったので、「不連続な革新」とは「誰もが驚く凄い技術」であると思われがちだが、実はそうではない。
ほとんどの場合、「不連続な革新」が初めて世の中に姿を現す時は、「性能・機能・品質の劣る粗悪な製品」として登場する。
であるがために、登場当初は「不連続な革新」は正当に評価されず、注目も集めない。

しかし、そんな粗悪な製品でも、時間が経てばこちらも「持続的な技術の進歩」が得られ、いつか市場が要求する性能・機能・品質のレベルを超えることになる。

ここまでの流れを図に表すと、下記のようになる。(クリックで拡大)

今回伝えられたコダックのニュースの場合、赤矢印がアナログカメラで、青矢印がディジタルカメラであり、赤矢印のアナログカメラを作っていたコダックが衰退したと説明できる。


私が専門とするIT(情報技術)の世界では、次の例が一番有名である。赤矢印をかつての大型コンピュータ青矢印をパソコン、緑の点線を「企業情報システム基盤としての要求」と考えるのだ。登場直後(1970年代後半)のパソコンは、性能・機能・品質、いずれも貧弱すぎて企業の情報システムで使えるレベルでは無かった。それどころか将来そうなりうると予測できた人もごく僅かだった。ところが、持続的な技術の進歩で、いまやパソコンとそれから発展したPCサーバーが企業情報システムの中核を担い、大型コンピュータはごく一部の金融などの分野で使われているのみである。

興味深いのは、青矢印の例として筆頭だったパソコンも、ひょっとしたら赤矢印に分類されてしまう日も近いかもしれないことだ。その際に青矢印になりうるのがiPadなどのタブレットだ。

上にも書いたが、iPadの場合はその登場があまりに華々しかったので、「不連続な革新」による登場早々いきなり注目を集めたように思われがちだ。だが実はそうではない。タブレットのiPadは電話機のiPhoneからの「持続的な技術の進歩」であるし、さらに電話機のiPhoneは、携帯音楽プレーヤーのiPodからの「持続的な技術の進歩」とも言える。iPodが登場した際に、これをベースに持続的な進歩をしたものが、将来パソコンの存在を脅かすものになると予想できた人はまずいなかっただろう。

ここまで読まれたかたは、次のように思われたかもしれない。
「なるほど、技術革新を生み出せるよう研究開発に投資したり、革新技術を使った製品への移行を迅速に行うことが、今後の企業経営の重要な要素になりそうだ。」
「(例えばスティーブ・ジョブズのような)英断を下せるような経営者のいる企業こそ生き残れそうだ。」

いや実は「研究開発や経営判断の問題ではない。」と、「イノベーションのジレンマ」で、著者クレイトン・クリステンセン教授は書いている。
赤矢印の企業にとっては、どんなに研究開発に注力して、どんなに正しい経営判断をしても、青矢印の技術の出現すると、衰退への道以外は無いと。

普通に考えれば、研究開発に投資し、赤矢印の企業自身が青矢印の「不連続な革新」を行えば良いようにみえる。だが、うまく「不連続な革新」となるような技術を生み出せたとしても、それはビジネス的には必ず失敗するのだ。

我々は、この事実を忘れてはいけない。



2011年を振り返って<その1> Start with Why

注:このエントリを実際に執筆しているのは、2012年が明けてからのこと。ただし文章の構想を練っていたのは2011年末であり、時系列をすっきりさせるために、エントリの日付を2011年末とさせていただいた。2011年末日付のエントリは、この後にも続ける予定。 


激動の2011年もあと僅か。あくまで個人的なレベルではあるが、この1年間にわたって考え続けていたことを、今のうちにまとめておきたい。複数のトピックを複数日にわたって書いていくつもりだ。

今日の第1回目のエントリは、2011年1月にシトリックスの社内イベントで見せられて以来、常に私の頭の中で繰り返し繰り返し脳内再生されてきた動画について。

その動画は、インターネットで一般に公開されており、英語での説明ではあるが日本語字幕もつけられている。18分程度の長さなので、その時間が取れるのならば、是非全編見てほしい。


Simon Sinek: How great leaders inspire action 

動画の内容を要約すると、下記になる。

例えばAppleのように、常に革新的なことをやり続ける企業の秘密はどこにあるのか?サイモン・シネックは、「Golden Circle」と名づけた、下記の図にこそ秘密があると説く。 
Golden Circle from
「なにを(What)」と「どうやって(How)」と「なぜ(Why)」で作られるこの図。どんな企業も、自分たちが「何を(What)」やっているかは分かっている。その中の一部の企業は、うまい「やり方(How)」も十分に分かっている。ところが、自分たちが「なぜ(Why)」それをやっているか十分に分かっていて、その意識が社員にも顧客にも共有されている企業は、意外なほど少ない。えてして「なにを(What)」のほうが具体的で分かりやすく、「なぜ(Why)」は抽象的で分かりにくくなってしまうからだ。

ここで注意しなくてはいけないのは、「お金を稼ぐ」ことは「なぜ(Why)」の答えにはならない。「お金を稼ぐ」ことは「結果」であるし、(他の企業ではなく)当のその企業が存在することの理由にはならない。

上記Golden Circleの図で言うなら、外側から内側に矢印が向くのが、一般的な企業の傾向だ。まず、製品(やサービス)を作り、その機能・性能上の特徴(How)を定義づける。なぜ(Why)それを作っているかの説明は、明快でない場合のほうが多い。

ところがごく一部の企業では、Golden Circleの中心から外側に向かって矢印が伸びる。

携帯音楽プレーヤーを例にあげると分かりやすい。AppleのiPod以前にも、携帯音楽プレーヤは、Sony、Panasonic、Dellと言ったそうそうたる企業が参入していた。しかしどれもこれと言った成功は得られなかった。AppleのiPodだけが、他とは比較にならないほどの成功を得られたのだ。いったいそれはなぜか? Appleには「音楽の聴き方を根本から変える。」「人々の生活スタイルを変える」「音楽ビジネスのあり方を変える。」と言う、明快な「なぜ(Why)」があったからに他ならない。

その他、ライト兄弟が、人材や資金の面で遥かに上回るライバルたちを差し置いて世界初の有人動力飛行に成功した事例や、マーチン・ルーサー・キングが当時のその他の市民活動家よりも圧倒的な支持を得た事例も、この「なぜ(Why)」を中心としたGolden Circleで説明できる。 

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2011年の1月にこの動画を見せられて以来、「一年間『Star with Why』と一緒に居た」と言っても良いくらい何度も何度もこの言葉を反芻してきた。

シトリックスの「Why」は何か?

「企業情報システムのあり方を変える。」ことだ(と少なくとも私は考えている)。

ただし、「Why」の次に続くはずのシトリックスの「How」や「What」は、残念ながらAppleのそれ(美しい意匠に誰にでも判りやすい直感的な操作)ほどは単純ではない。実に多種多様な「How」と「What」がある一方で、それらは結構複雑でわかりにくい。しかしながら、そこにこそ私(山田)が存在する「Why」があると思っている。

では山田晃嗣の「Why」は何か?

「一見判り難いシトリックスの『How』と『What』を、誰よりも判り易く説明すること」に私の存在理由があると考えている。そしてそれは、「Do what you love」と言う、私が2011年に反芻したもうひとつのキーワードとも一致している。「Do what you love」に関しては、また別の機会に。 

類似競合製品は無いと困る!

10日前のエントリで、iPhoneの成功要因について次のように書いた。

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少し本題から離れるが、iPhoneがキャズムを超えられた理由を、「キャズム」に書かれた理論を基に、私なりに考察してみた。普通に考えて価格面での下落は大きな要素であるが、「競合の参入(具体的にはどドコモやauによるAndroidベーススマートフォンの登場)」も、(意外な事実であるが)iPhoneがキャズムを超えられた重要な成功要因だと考える。

キャズム理論によると、実利主義者は製品の性能や機能だけでなく信頼性も重視する。実利主義者にとってAppleは電話機の会社としては信頼できると言えないし、かつてiPhoneの販売を日本で独占していたソフトバンクも、携帯キャリアの中では新興だ。ところが、実利主義者にとっての信頼度No.1のNTTドコモがスマートフォン市場に参入したことによって、少なくともスマートフォンへの信頼性は大いに高まった。そしてスマートフォンを購入する前提で、iPhoneとAndroidを比較すればiPhoneに有利な点が多々あることになる。こうして、新しいものにはすぐには飛びつかない実利主義者や、果ては保守主義者までiPhoneを使うようになったのだ。
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今日はこの「競合の参入によって、むしろビジネスが拡大する」と言う、直感に反する現象について、さらに踏み込んでみたい。

例のジェフリー・ムーア著「キャズム」(原題:Crossing the Chasm)には、かつて一世を風靡したシリコングラフィックスのグラフィックスワークステーションのケーススタディを取り上げて、下記のように書いている。(黒字太線は原著のもの。青字太線は山田による)
キャズム

--------------------以下「キャズム」からの引用------------------------
テクノロジー・ライフサイクルの進展に伴って、競争の持つ意味合いは大きく変わってくる。そして、テクノロジー・ライフサイクルの進展があまりにも速すぎるため、ときに競争相手が存在しないという時期すら発生する。ただ残念なことに、競争がないところには市場もない。そのため、キャズムを越えようとしているときには、何としても競争を作り出さなければならないのだ。
(中略)
メインストリーム市場を左右するのは実利主義者なのだ。そして、実利主義者にとっての「競争」とは、ひとつの製品カテゴリーの中で複数の製品とベンダーを比較検討することなのだ。
このように複数の製品を比較検討した結果、実利主義者は購入の意思決定を正当化するのである。

(中略)

シリコングラフィックスがいかにして競争を作り出したかをここで見てみよう。
(中略)
「シリコングラフィックスって何?」「デジタルワークステーションって何?」という彼らの疑念を払拭しなければならなかったのだ。まずそのために、シリコングラフィックスが必要としたのは対抗製品である。そして、幸いなことに、そこにはサン・マイクロシステムズとヒューレット・パッカードがいた。両社ともに最新鋭のUNIXワークステーションを製品として擁しており、シリコングラフィックスにとってそれはまたとない対抗製品となった。そして、両社はともに著名な企業だったので、逆にそれがシリコングラフィックスの信頼性を高める結果ともなった。
--------------------以上「キャズム」からの引用-------------------------

シリコングラフィックスにとっての対抗製品が「元からあった」のに対して、iPhoneの対抗製品が「後から参入してきた」ことの違いはあるが、対抗製品との関係性は非常に似通っているのではないだろうか。必ずしもテクノロジーには明るくない実利主義者にとって、同じ「スマートフォン」と言うカテゴリーの中でiPhoneとAndoroidを比較検討することは、購入の意思決定を正当化するうえで極めて重要だと言えそうだ。

下記のグラフを見ていただきたい(クリックで拡大)。これは世界におけるiPhoneの出荷台数の推移である(出展はこちら。 1-3月期をQ1、4-6月期をQ2として表記している。日本国内の実績は未公開)。

iPhoneSales

2010年の7-9月期に出荷台数が激増しているのが分かるが、ほぼ相前後してAndroidスマートフォン陣営の代表格であるSony Ericssonの「Xperia X10」とSamsungの「Galaxy S」が発売されていることが分かる。実はこの時期の出荷台数の激増にはもうひとつ大きな理由があって、2010年の6月に「iPhone 4」が発売開始になっているのだが、iPhone 4と言う新機種の登場「だけ」が、これだけの出荷台数増を引き起こした要因と言えるだろうか?ちなみにiPhone 4とその前モデルのiPhone 3GSは、その形状こそ大きく変わったが、機能・性能的に大きく変わったことは少ない。(ディスプレイの解像度・前面カメラ・3軸ジャイロセンサーがiPhone 4のハードウェア的な新機能) むしろiPhone 4は、発売開始当時にアンテナ設計の不備による受信感度不良の問題さえも出ているくらいなのだ。


別の例も考えてみよう。ちょうどキャズムを超えたか超えないかの前後にあると思われる家電製品の例を見てみたい。

・サイクロン型掃除機(キャズムを超えた直後)
ダイソン
ダイソン登場後、パナソニック、日立、東芝、シャープ、三菱など、ほぼ全ての大手家電メーカが参入し、安心して購入できるものに。そんな中でいまだにダイソンが高級機市場での強みを持つ。

・ロボット式全自動掃除機(キャズムを超える直前)
iRobot Roomba
iRobot社の初代ルンバ(Roomba)の日本発売は2002年。その他ノンブランドの廉価版製品は乱立するも、大手からは唯一2011年に東芝が同種の製品を発売。現時点で誰でも安心して購入できるものとは言えない。



不連続な技術革新をともなうテクノロジー製品の販売において、競合製品が存在することの重要性が分かって頂けるのではないか。さらに正確に言えば、技術的な背景の異なる「広い意味の競合製品」(旧来のガラパゴス携帯も、スマートフォンの広い意味での競合になる)だけしか無い状況では市場は広がらず、「類似競合製品」(似通ったスマートフォン同士のこと。「キャズム」では「対抗製品」と呼んでいる)があって始めて市場自体が拡大するのだ。

その理論的バックグラウンドは、上で引用した「キャズム」からの引用のとおり「複数の製品を比較検討した結果、実利主義者は購入の意思決定を正当化する」からであろう。下記のような状況では、実利主義者は購入を検討さえしてくれない。
・いわゆる「スマートフォン」は世の中にiPhoneだけ
・サイクロン型掃除機は世の中にダイソンだけ
・全自動ロボット型掃除機は世の中にiRobotのルンバだけ

下記のような状況になってはじめて、実利主義者は購入を検討してくれる。
・スマートフォンは、Apple(ソフトバンク)だけでなくドコモやauからも比較検討できる(達成済み)
・サイクロン型掃除機は、ダイソンだけでなくパナソニックや日立からも比較検討できる(達成済み)
・ロボット型掃除機は、iRobotだけでなくパナソニックや日立からも比較検討できる(未達成)



翻って我がCitrixの製品。ほんの数年前までは「対抗製品(類似競合製品)」が、事実上市場に存在しなかった。(ビジネス的な競合はあったが、それらは技術的な背景の異なるものだった) 現在は「VMware View」と言う格好の「対抗製品」がある。そのおかげ(?)で実際に市場は拡大しているし、今後も対抗製品としてのVMware Viewを100%活用していくべきだと思う。

「キャズム」理論とXenApp

この本、いわゆる「ハイテク業界」の人間なら、それこそ誰でも読んでいるくらい有名な本。
キャズム

ジェフリー・ムーア著「キャズム」(原題:Crossing the Chasm)

この本で紹介されている下記の図はさらに有名。
キャズム図

読む価値のある本なので興味のあるかたは是非読んでいただきたい。本を購入するための金額と読むための時間のおしいかたは、Googleで「キャズム」と検索すれば、この図の意味を説明したページはたくさん見つかる。さらに検索の時間も節約したいかたは、下記の山田流に要約をどうぞ。

・画期的なテクノロジを用いた製品の場合、ハイテクオタク(Tech enthusiast)が真っ先に購入し、進歩派(Visionaries)が続く。

・さらにその後に実利主義者(Pragmatists)や保守主義者(Conservatives)が購入するようになると、製品の販売は大きく伸びる。

・ところが進歩派の購入動機と実利主義者の購入動機は大きな隔たり(キャズム)があり、進歩派に対して成功したマーケティング戦略は、実利主義者には通用しない。

・ハイテク製品で商業的な成功を成功をおさめるには、この隔たり(キャズム)を意識して、実利主義者に訴えるマーケティングを行わなければいけない。

具体的な例を出すなら、iPhoneは、2011年現在では完全にキャズムを超えて実利主義者に浸透したと言えるだろう。ところがほんの1年前の2010年の時点では、iPhoneを使っていたのは一部の進歩派のみだった。(ちなみにiPhoneの日本での発売は2008年7月より)

この場合、iPhoneは「キャズムを超えた」と言われる。ハイテク業界では、「○○はもうキャズムを超えたよね」だとか「△△は、なかなかキャズムを超えられないね」などと言う会話を普段から交わしていたりするのだ。

少し本題から離れるが、iPhoneがキャズムを超えられた理由を、「キャズム」に書かれた理論を基に、私なりに考察してみた。普通に考えて価格面での下落は大きな要素であるが、「競合の参入(具体的にはどドコモやauによるAndroidベーススマートフォンの登場)」も、(意外な事実であるが)iPhoneがキャズムを超えられた重要な成功要因だと考える。

キャズム理論によると、実利主義者は製品の性能や機能だけでなく信頼性も重視する。実利主義者にとってAppleは電話機の会社としては信頼できると言えないし、かつてiPhoneの販売を日本で独占していたソフトバンクも、携帯キャリアの中では新興だ。ところが、実利主義者にとっての信頼度No.1のNTTドコモがスマートフォン市場に参入したことによって、少なくともスマートフォンへの信頼性は大いに高まった。そしてスマートフォンを購入する前提で、iPhoneとAndroidを比較すればiPhoneに有利な点が多々あることになる。こうして、新しいものにはすぐには飛びつかない実利主義者や、果ては保守主義者までiPhoneを使うようになったのだ。

話はさらにずれるが、日本からシンガポールオフィスに転勤していた同僚が、約2年ぶりに出張で日本に来てくれた。彼いわく、2年ぶりの日本で最も驚いたことは急速なスマートフォンの普及の度合いだったとのこと。今は電車の中で見る携帯電話の半数以上がスマートフォンだが、確かに2年前は皆無に近かった。


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さて、ここからが実は今日の本題!!

「キャズムの存在とその意味」については、ハイテク業界にいる人間ならたいてい知っている。ところが、「どうすればキャズムを超えられるか?」と言う具体的な手法までは、意外に知られていない。

「キャズム」本には、超えるための具体的な手法も懇切丁寧に書かれているのではあるが、それなりに複雑な手法であるし、なによりもあの曲線グラフのインパクトが強すぎて、読後に手法がしっかり頭に残っている人は少ないのだろう。

本日のエントリのタイトルである「エレベータテスト」は、本で紹介されているキャズム超え手法のひとつだ。実利主義者に訴えるためには、短くてわかりやすいメッセージでその製品を伝える必要があるのだが、エレベータに乗っているくらいの短時間で製品を説明できるかどうかで、キャズムが超えられるかどうかが決まる。逆に言えば、エレベータテストに合格できるようなメッセージを作ればキャズムが超えられる可能性は高まるのだ。

「キャズム本」で提唱されている、エレベータテストに合格できるメッセージを作るための雛形は下記の通り。

この製品は
[ 1 ]で問題を抱えている
[ 2 ]向けの
[ 3 ]の製品であり
[ 4 ]することができる。
そして、[ 5 ]とは違って
この製品には[ 6 ]が備わっている。

1 : 現在使われている手段 
2 : 橋頭堡となるターゲット
3 : この製品のカテゴリー
4 : この製品が解決すること
5 : 対抗製品
6 : 対抗製品と差別化する機能

「例」として、iPhoneでやると次の通りか。

Apple iPhoneは、
[携帯電話、PDA、携帯音楽プレーヤーなど複数デバイスの持ち運びと使い分け]で問題を抱えている
[若年層ビジネスマン]向けの
[スマートフォン]製品であり、
[すべてのデバイスの機能がひとつにまとめられたうえに素晴らしい操作性を体験]することができる。
そして、[機種ごとに操作方法に違いのあるAndroidベースのスマートフォン]とは違い、
Apple iPhoneなら[一貫した分かりやすい操作によって、誰でも簡単に使いこなす]ことが出来る。



さてこの雛形をXenAppに当てはめるとどうなるだろう?かなりたくさんのメッセージが出来るように思えるが、11月11日時点では、下記2作品。

【作品No.1】
Citrix XenAppは、
[新種のサイバーアタックからの防御]で問題を抱えている
[製造業・金融業・政府機関]向けの
[ネットワークセキュリティ]製品であり、
[インターネットへの出口対策の徹底することで情報漏洩を防止]することができる。
そして、[コンテンツフィルタリング製品や]とは違い、
XenAppなら[原理的に外部への情報漏洩を防止する]ことが出来る。


【作品No.2】
Citrix XenAppは
[自社製市販アプリケーションのSaaS対応]で問題を抱えている
[中小アプリベンダー]向けの
[アプリケーションのネット配信]の製品であり
[既存のWindowsアプリをすぐにSaaS化する]ことができる。
そして、[一般的なWebベースのSaaS]とは違って
[ドラッグ&ドロップなどのWindowsのUIをそっくりそのままネット配信の形で提供]できる


このBlogについて
シトリックス・システムズ・ジャパン
(株)
に勤務し、自社製品をこよなく愛する山田晃嗣のブログ。

このブログで表明されている見解は、私(山田晃嗣)個人のものであり、シトリックスによって承認されたものではありません。
また、必ずしもシトリックスの見解を反映したものでもありません。
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