前回のエントリでは、ゼロックスが「GUIを備えたコンピュータ」と言うその後の世界を変えてしまうような大発明を成し遂げた一方で、それによるビジネス上の成功は得られず、スティーブ・ジョブズにその成果を横取りされた挙句に、それが遠因でコピー機ビジネスの衰退を招いてしまった話をしました。

今回のエントリでは、「GUIによるビジネス的な成功」を、なぜゼロックスが出来なくてスティーブ・ジョブズが出来たのかを分析してみたいと思います。そのためにまずは、ゼロックスがうまく出来なかった背景にもう少し深入りしてみます。

当時のゼロックスは超優良&巨大企業だった
前のエントリでも紹介しましたが、ゼロックスは「Alto」と言う実験マシンを作っただけでなく、「Star」と言うGUIを備えた完成品を、Appleに先駆けて商品化しています。ところが、AltoもStarも、世界初の栄誉はどこへやら、今ではそのことを知っている人はごく少数です。

下記、Xerox Starに関するWikipediaの記事からの引用です。
1台だけでも16,000ドルという販売価格であったが、普通の事務所では2-3台の機器とファイルサーバ・プリントサーバを用意しなければいけないため、システム全体の価格は50,000ドルから100,000ドルという価格になる。これは販売の大きな障害になった。
後にStarは改良され、単体の装置とレーザープリンターを購入するだけで使えるようになった。しかしXerox Starは25,000台が売れたに留まったため、商業的には失敗だったといわれている。
確かに5万ドルは高いですね。当時の為替レートから言って、1千万円以上の価格になるはずです。売れないのも仕方がない・・・・・?いや、少し待ってください。

25,000台ですよ!!

これ、本当に少ないですか?
比較対象として、商業的に成功したと一般には考えられている2つの歴史的なコンピュータがどれだけ売れたのかを書いてみます。
  • Apple II(これによってスティーブ・ジョブズは大金持ちになった):2年間で43,000台
  • 初代Macintosh(現在まで続くGUIを備えたPCの先駆け):発売後半年弱で72,000台
Xerox Starの価格が、初代のMacintoshの20倍以上(初代Macintoshは2,495ドル)だったことを考えると、25,000台と言う数字は「失敗の烙印が押されるほど少ない」とも一概には言い切れないのではないでしょうか。

実は、これこそまさに「イノベーションのジレンマ」なのです。当時の超優良&巨大企業ゼロックスであるからこそ、「25,000台」と言う販売では物足りなかったのです。もしも当時のApple程度の規模の会社が、Xerox Starのような高価なコンピュータを25,000台売っていれば、それは「大成功」と言われていたはずです。

また、1セット5万ドルと言う、今から思うと無理な価格設定も、当時の超優良企業ゼロックスならではの判断でした。1980年代に広くオフィスで使われていたコピー機の値段が正確には分かっていませんが、1万ドルでは済まない金額だったはずです。そのような金額の製品を大量に販売している企業が、PCなどと言う未知の市場で、1台2,000ドル前後のものを売るようなことをするはずがないのです。

これは例えば、1台100万円以上の自動車を大量に売っている自動車会社のことを考えてみれば分かります。自動車会社は、例えば1機10万円程度の「ドローン」の製造・販売には手を出しません。たとえ、今後数十年で爆発的にドローンの需要が拡大する予測があったとしてもです。なぜなら、少なくとも現時点では、ドローンよりも高価な自動車に力を入れたほうが効率的に儲けることが出来るからです。

ところが自動車メーカーは、価格の安いドローンには進出しなくとも、1千万円近い高級車や、さらには億の単位のビジネスジェットには、それが大量に売れなかったとしても手を出す価値を見出します。~実際、ホンダはビジネスジェットに参入しました~ これらは付加価値が高く、うまくやれば大量生産の自動車よりも効率的に儲けることができるからです。

まさにこれが、ゼロックスがXerox Starに非常に高価な価格を付けた理由で、どの巨大優良企業でも普通におこなっている判断です。一般論からすると決して間違った判断ではないのです。


当時のAppleは十分に小さかった
初代Macintosh発売の頃のAppleは、Apple IIの成功で当時の家庭用PCの市場で独占的な地位を築いてはいたものの、「まるで自動車メーカー」のようなゼロックスに比べれば、「電動アシストで圧倒的なシェアを持つ自転車メーカー」程度の存在でした。そのような比較的小規模な会社にとっては、「画期的に扱いやすいドローン」のような新分野の製品を20万円程度で売り出すのは、とんでもなく魅力的なビジネスなのです。

身も蓋も無い話ですが、ゼロックスに出来なくて、スティーブ・ジョブズが出来た理由は、
当時のAppleが小さな会社だったから
なのです。

一方で、これでは「なぜ他の同程度の小さな会社には出来なくて、スティーブ・ジョブズのAppleだけが出来たのか?」と言う疑問には答えていませんね。
その疑問への答えは「イノベーションのジレンマ」とは異なる話になりますが・・・・


やはりスティーブ・ジョブズは不世出の天才だった

としか、私には説明できません。でも、世の中にはスティーブ・ジョブズのことを評価しない人も一定数います。曰く・・・
  • Apple IIは、ジョブズではなくスティーブ・ウォズニアックが一人で作った
  • MacintoshのGUIはXerox Alto からの盗用だ
  • iPod登場以前にもデジタル技術を使った携帯音楽プレーヤーはいくつか存在した
  • タッチ操作のスマートフォンのアイデアもiPhone以前からあった
  • iPadのようなタブレット端末も、決して目新しいものではない
・・・なのだそうですが、確かにこれらは全て事実です。スティーブ・ジョブズは、これらのアイデアを自分で発明したわけではありません。では、いずれも「決して目新しいわけでもない」はずの上記5つのアイデアで、ジョブズだけがビジネス面で卓越した成功を収めているのはなぜでしょう?また、上記の「凄い技術」を本当に生み出した「凄い発明家」、つまりウォズニアックやXeroxなどがビジネス面でイマイチだったのはなぜでしょう?

それは、
ジョブズだけが凄かったから!
以外に説明できないのです。他に良い説明があれば、是非教えてください。



未来を見抜く力
今回ゼロックスとジョブズに関係した一連のエントリを書くにあたり、こちらのサイト(Apple/Macテクノロジー研究所)の内容を大いに参考にさせていただきました。スティーブ・ジョブズがゼロックスのパロアルト研究所からGUIのアイデアを「盗んだ」いきさつが詳細に書かれています。

その中に印象に残ることが書いてありました。一部引用させていただきます。
    多くの人がAltoとそのデモを見たが、歴史が示すようにApple社のS.ジョブズたち以外、それらを現実のビジネスとして形作ろうと考えた人間はいなかったのだ。そこに大いなる宝が転がっていることに誰も気がつかなかったのだ。
    かつてS.ジョブズは友人のスティーブ・ウォズニアックが手作りしたコンピュータを見て、直感的にビジネスになると考え、ウォズニアックを説得したからこそApple IIが誕生し、Apple Computer社が存在することになった。
    「アラン・ケイ」の中で浜野保樹氏は「...ガレージでApple IIを完成させた。あのときと同じことが起こった。ジョブズは、埋もれてしまったであろう優れた技術を、二度もビジネスにつなげたのである。」と記している。まさしく、S.ジョブズなくしてはAltoで培われた多くのアイデアをパーソナルコンピュータに託すことはできなかった。そしてLisaやMacintoshを「Altoの猿まね」と称する人々もいるが前記したように文字通りそれらは単なる猿まねではなく時代が求めたAppleのオリジナリティを多く含むテクノロジーの継承であった。
ここでは、Apple IIとMacintoshのことだけが書かれていますが、もちろんそれだけではありません。iPodのときも、iPhoneのときも、iPadの時も、5度までも「埋もれてしまったであろう優れた技術を、ビジネスに繋げた」と言うことをやってのけているのです。

JobsInvention1


これらが単なる猿まねであれば、ジョブズ以外の人間にも出来たはずです。ジョブズだけが出来た理由、それは「未来を見抜く力」だったのでしょうか。