前々回前回のエントリに続いて、「イノベーションのジレンマ」に関して。

コダックのような既存技術(アナログカメラ)に強みを持った企業は、不連続な技術革新(デジタルカメラ)に対して、どのように向き合えばよいのか?

【答え】
不連続な技術革新(クリステンセンはこれを「破壊的技術」と呼んでいる)を扱うための独立した新組織を作るしか方法は無い。

この新組織は、予算や企業文化の面で、本体組織とは完全に独立させなければいけない。相手にする顧客やパートナー企業も本体組織とは別のものであるべきだし、地理的にも本体組織とは離れた場所に置いたほうが良い。

もしくは既に不連続な技術革新に取り組んでいる別企業を買収するのも一つの手段である。ただしその場合、本体組織との統合や、本体組織からの介入は最小限にしなければいけない。



【成功例】
IBMは、元々大型コンピュータの製造販売に圧倒的な強みをもっていた企業である。
IBM System 360
そのIBMにとって、「パソコン」が将来脅威になりうる不連続な技術革新であることは、パソコン黎明期に既に予想されていた。ところが、黎明期のパソコンはある意味おもちゃのような代物で、ビジネス規模が小さすぎて巨大企業IBMが取り組めるものではなかった。しかしだからと言って、何もやらないと将来的に飲み込まれてしまうことも十分予想できる。つまり、典型的なイノベーションのジレンマに陥ってしまったのだ。

しかし、IBMは「イノベーションのジレンマ」が出版される20年も前に、この本に書かれている通りの正しいことを実施した。本社のあるニューヨークから遠く離れたフロリダ州に、完全に独立した組織を作ってパソコン事業を担当させたのだ。

こうして登場したのが、「IBM PC」である。
初代IBM PC
これをきっかけに、IBMのパソコン事業は少なくとも5年程度は十分に成功し、パソコン業界の中心的な存在となった。(2012年現在我々が利用しているWindowsパソコンも、この初代IBM PCの影響を受けている。パソコンの持続的進化の歴史を紐解くと、源流はこのIBM PCに行き着くのだ。)

成功していた5年間は、フロリダにあるIBMの新組織はニューヨークの本社にお伺いを立てる必要なく、自由に部品を調達し、独自の販売チャネルで自由に販売し、パソコン業界での競争上のニーズに適したコスト構造を自由に形成できる自立的な組織として存在していた。

残念ながらIBMのパソコン事業が成功したと言えたのは、最初の5年間のみだった。興味深いことに、パソコン部門と本体組織の緊密な連携を図ることをニューヨークの本社が決定したタイミングで、IBMのパソコン事業は衰退してしまった。2012年現在、もうIBMはパソコン事業から撤退している。

同様の成功事例は、IBMのパソコン事業だけでなく、HP(Hewlett Packard)のインクジェットプリンタ事業(それまでHPは、レーザープリンタから主な収益を上げていた)や、カンタムの3.5インチハードディスク事業など、相当数あるらしい。


【それでもコダックは失敗した】
「イノベーションのジレンマ」は、私のような経営学が専門ではない者でも知っている、最も有名なビジネス理論のひとつだ。コダックの経営陣は、「イノベーションのジレンマ」を読んでいなかったのだろうか?いや、それも考えにくい。

こちらの日経ビジネスの記事は、まさにコダックの件に関するクリステンセン教授のコメントを掲載していることが興味深いが、そのコメントは完全に納得できるものとは言いがたい。教授曰く「これほどの難題に直面した企業は他に見たことがない。新たに登場した技術が従来のものと根本的に違いすぎて、旧技術をもって課題を乗り越えるのは不可能だった」とのこと。コダックのケースは、本当に前代未聞の難題だったのだろうか?IBMが一時的にしろ乗り越えたパソコンだって、技術は従来のものと根本的に違いすぎるものだと思うのだが。 それに、富士フイルムが、危機を乗り越えられた説明にもなっていない。

富士フイルムとコダックが明暗を分けた理由に関しては、Web上で多くの論評が見られる。しかし、例えばこちらの「フラッシュ・メモリが日本発だから富士フイルムは生き残れた」との記事のように、ロジカルな説明になっていないものが多い。(「フラッシュ・メモリが日本発」は、理由の一つにはなっても、決定的な理由とするには、いくらなんでも根拠が薄弱)

もっとも納得のいく説明をしていたのが、こちらの大前研一氏の論評。日米の「株主の圧力の差」が、富士フイルムとコダックの明暗を分けたとのこと。日本の株主は、総じて企業がキャッシュを保持することに寛大で、そのキャッシュを使って新規事業に投資することが出来た。一方で、欧米の株主は、企業がキャッシュを持つことを許さない(株主への配当を要求する)ので、新規事業投資のための十分なキャッシュが無かったとのこと。

昨今、円高の影響で軒並み不調が伝えられる日本の製造業だが、この大前研一氏の見解は、日本企業の将来の競争力にひと筋の光を与えてくれるもののように思う。


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2012年3月18日追記
富士フイルムさんの社名を、本来大きな「イ」で書くところを間違って小さい「ィ」で記載してしまっていた。謹んでお詫び申し上げると共に、本文修正させていただきました。申し訳ございませんでした。

キヤノンさんの「ヤ」と共に、富士フイルムさんの「イ」が小さくならないのは、有名な話だそうです。無知をBlogで晒すことは、恥ずかしいことである反面、学習の機会も与えられます。