米国を代表する企業のひとつであるイーストマン・コダックが経営破綻した。
コダック経営破綻
ニュースを聞いた瞬間に、これはまさに「イノベーションのジレンマ」だと思った。そのように考えたのは私だけではないらしく、Web上では既に、コダック経営破綻を「イノベーションのジレンマ」と結びつけて論評している記事が複数見られる。
その中で読み応えがあったのは下記の2つ。

(いずれも海外経済紙の翻訳で、日本人評論家による分析ではないのが少々寂しいが)

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「イノベーションのジレンマ」とは、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンの1997年発表の著書のこと。
イノベーションのジレンマ

この本は、知る人ぞ知るビジネス書の名著中の名著であるし、私自身も2007年頃に読んで「まさに評判通りの名著」だと確信した。今後も、コダックのように「イノベーションのジレンマ」で説明できる企業の衰退は多発すると思われるし、技術面での未来予測をするにはこの本の理論は不可欠だ。この本の重要性は益々高まっていくだろう。

今日からの一連のエントリでは、本を読んでいない人のためにと、自分自身の備忘録として「イノベーションのジレンマ」の理論をまとめておくとともに、コダックの事例をさらに深堀りして考えてみたい。

なお、以降の説明は、私(山田 晃嗣)がクレイトン・クリステンセン教授の本を読んで理解した内容を、私の言葉でまとめたものだ。内容的におかしなところや理解しにくい所があれば、責任はクリステンセン教授ではなく私にある。

【入門「イノベーションのジレンマ」】
市場で売られている製品やサービスは、供給者側の競争により、技術面でより良く進歩していくことが普通である。それら技術的進歩は大きく分けて、「持続的な技術の進歩」「不連続な革新」の2つに分類される。

情報機器の進歩で例えるなら、CPUのクロック、メモリ搭載量、価格性能比などが向上していくのは「持続的な技術の進歩」と言える。一方で、それまでキーボードとマウスを使って操作していたものから、マウスもキーボードもない「画面のタッチ」によって操作する情報機器(タブレット)の登場は、「不連続な革新」と言える。

上で例に挙げた「タブレット」では、iPadの登場があまりにも衝撃的だったので、「不連続な革新」とは「誰もが驚く凄い技術」であると思われがちだが、実はそうではない。
ほとんどの場合、「不連続な革新」が初めて世の中に姿を現す時は、「性能・機能・品質の劣る粗悪な製品」として登場する。
であるがために、登場当初は「不連続な革新」は正当に評価されず、注目も集めない。

しかし、そんな粗悪な製品でも、時間が経てばこちらも「持続的な技術の進歩」が得られ、いつか市場が要求する性能・機能・品質のレベルを超えることになる。

ここまでの流れを図に表すと、下記のようになる。(クリックで拡大)

今回伝えられたコダックのニュースの場合、赤矢印がアナログカメラで、青矢印がディジタルカメラであり、赤矢印のアナログカメラを作っていたコダックが衰退したと説明できる。


私が専門とするIT(情報技術)の世界では、次の例が一番有名である。赤矢印をかつての大型コンピュータ青矢印をパソコン、緑の点線を「企業情報システム基盤としての要求」と考えるのだ。登場直後(1970年代後半)のパソコンは、性能・機能・品質、いずれも貧弱すぎて企業の情報システムで使えるレベルでは無かった。それどころか将来そうなりうると予測できた人もごく僅かだった。ところが、持続的な技術の進歩で、いまやパソコンとそれから発展したPCサーバーが企業情報システムの中核を担い、大型コンピュータはごく一部の金融などの分野で使われているのみである。

興味深いのは、青矢印の例として筆頭だったパソコンも、ひょっとしたら赤矢印に分類されてしまう日も近いかもしれないことだ。その際に青矢印になりうるのがiPadなどのタブレットだ。

上にも書いたが、iPadの場合はその登場があまりに華々しかったので、「不連続な革新」による登場早々いきなり注目を集めたように思われがちだ。だが実はそうではない。タブレットのiPadは電話機のiPhoneからの「持続的な技術の進歩」であるし、さらに電話機のiPhoneは、携帯音楽プレーヤーのiPodからの「持続的な技術の進歩」とも言える。iPodが登場した際に、これをベースに持続的な進歩をしたものが、将来パソコンの存在を脅かすものになると予想できた人はまずいなかっただろう。

ここまで読まれたかたは、次のように思われたかもしれない。
「なるほど、技術革新を生み出せるよう研究開発に投資したり、革新技術を使った製品への移行を迅速に行うことが、今後の企業経営の重要な要素になりそうだ。」
「(例えばスティーブ・ジョブズのような)英断を下せるような経営者のいる企業こそ生き残れそうだ。」

いや実は「研究開発や経営判断の問題ではない。」と、「イノベーションのジレンマ」で、著者クレイトン・クリステンセン教授は書いている。
赤矢印の企業にとっては、どんなに研究開発に注力して、どんなに正しい経営判断をしても、青矢印の技術の出現すると、衰退への道以外は無いと。

普通に考えれば、研究開発に投資し、赤矢印の企業自身が青矢印の「不連続な革新」を行えば良いようにみえる。だが、うまく「不連続な革新」となるような技術を生み出せたとしても、それはビジネス的には必ず失敗するのだ。

我々は、この事実を忘れてはいけない。