10日前のエントリで、iPhoneの成功要因について次のように書いた。

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少し本題から離れるが、iPhoneがキャズムを超えられた理由を、「キャズム」に書かれた理論を基に、私なりに考察してみた。普通に考えて価格面での下落は大きな要素であるが、「競合の参入(具体的にはどドコモやauによるAndroidベーススマートフォンの登場)」も、(意外な事実であるが)iPhoneがキャズムを超えられた重要な成功要因だと考える。

キャズム理論によると、実利主義者は製品の性能や機能だけでなく信頼性も重視する。実利主義者にとってAppleは電話機の会社としては信頼できると言えないし、かつてiPhoneの販売を日本で独占していたソフトバンクも、携帯キャリアの中では新興だ。ところが、実利主義者にとっての信頼度No.1のNTTドコモがスマートフォン市場に参入したことによって、少なくともスマートフォンへの信頼性は大いに高まった。そしてスマートフォンを購入する前提で、iPhoneとAndroidを比較すればiPhoneに有利な点が多々あることになる。こうして、新しいものにはすぐには飛びつかない実利主義者や、果ては保守主義者までiPhoneを使うようになったのだ。
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今日はこの「競合の参入によって、むしろビジネスが拡大する」と言う、直感に反する現象について、さらに踏み込んでみたい。

例のジェフリー・ムーア著「キャズム」(原題:Crossing the Chasm)には、かつて一世を風靡したシリコングラフィックスのグラフィックスワークステーションのケーススタディを取り上げて、下記のように書いている。(黒字太線は原著のもの。青字太線は山田による)
キャズム

--------------------以下「キャズム」からの引用------------------------
テクノロジー・ライフサイクルの進展に伴って、競争の持つ意味合いは大きく変わってくる。そして、テクノロジー・ライフサイクルの進展があまりにも速すぎるため、ときに競争相手が存在しないという時期すら発生する。ただ残念なことに、競争がないところには市場もない。そのため、キャズムを越えようとしているときには、何としても競争を作り出さなければならないのだ。
(中略)
メインストリーム市場を左右するのは実利主義者なのだ。そして、実利主義者にとっての「競争」とは、ひとつの製品カテゴリーの中で複数の製品とベンダーを比較検討することなのだ。
このように複数の製品を比較検討した結果、実利主義者は購入の意思決定を正当化するのである。

(中略)

シリコングラフィックスがいかにして競争を作り出したかをここで見てみよう。
(中略)
「シリコングラフィックスって何?」「デジタルワークステーションって何?」という彼らの疑念を払拭しなければならなかったのだ。まずそのために、シリコングラフィックスが必要としたのは対抗製品である。そして、幸いなことに、そこにはサン・マイクロシステムズとヒューレット・パッカードがいた。両社ともに最新鋭のUNIXワークステーションを製品として擁しており、シリコングラフィックスにとってそれはまたとない対抗製品となった。そして、両社はともに著名な企業だったので、逆にそれがシリコングラフィックスの信頼性を高める結果ともなった。
--------------------以上「キャズム」からの引用-------------------------

シリコングラフィックスにとっての対抗製品が「元からあった」のに対して、iPhoneの対抗製品が「後から参入してきた」ことの違いはあるが、対抗製品との関係性は非常に似通っているのではないだろうか。必ずしもテクノロジーには明るくない実利主義者にとって、同じ「スマートフォン」と言うカテゴリーの中でiPhoneとAndoroidを比較検討することは、購入の意思決定を正当化するうえで極めて重要だと言えそうだ。

下記のグラフを見ていただきたい(クリックで拡大)。これは世界におけるiPhoneの出荷台数の推移である(出展はこちら。 1-3月期をQ1、4-6月期をQ2として表記している。日本国内の実績は未公開)。

iPhoneSales

2010年の7-9月期に出荷台数が激増しているのが分かるが、ほぼ相前後してAndroidスマートフォン陣営の代表格であるSony Ericssonの「Xperia X10」とSamsungの「Galaxy S」が発売されていることが分かる。実はこの時期の出荷台数の激増にはもうひとつ大きな理由があって、2010年の6月に「iPhone 4」が発売開始になっているのだが、iPhone 4と言う新機種の登場「だけ」が、これだけの出荷台数増を引き起こした要因と言えるだろうか?ちなみにiPhone 4とその前モデルのiPhone 3GSは、その形状こそ大きく変わったが、機能・性能的に大きく変わったことは少ない。(ディスプレイの解像度・前面カメラ・3軸ジャイロセンサーがiPhone 4のハードウェア的な新機能) むしろiPhone 4は、発売開始当時にアンテナ設計の不備による受信感度不良の問題さえも出ているくらいなのだ。


別の例も考えてみよう。ちょうどキャズムを超えたか超えないかの前後にあると思われる家電製品の例を見てみたい。

・サイクロン型掃除機(キャズムを超えた直後)
ダイソン
ダイソン登場後、パナソニック、日立、東芝、シャープ、三菱など、ほぼ全ての大手家電メーカが参入し、安心して購入できるものに。そんな中でいまだにダイソンが高級機市場での強みを持つ。

・ロボット式全自動掃除機(キャズムを超える直前)
iRobot Roomba
iRobot社の初代ルンバ(Roomba)の日本発売は2002年。その他ノンブランドの廉価版製品は乱立するも、大手からは唯一2011年に東芝が同種の製品を発売。現時点で誰でも安心して購入できるものとは言えない。



不連続な技術革新をともなうテクノロジー製品の販売において、競合製品が存在することの重要性が分かって頂けるのではないか。さらに正確に言えば、技術的な背景の異なる「広い意味の競合製品」(旧来のガラパゴス携帯も、スマートフォンの広い意味での競合になる)だけしか無い状況では市場は広がらず、「類似競合製品」(似通ったスマートフォン同士のこと。「キャズム」では「対抗製品」と呼んでいる)があって始めて市場自体が拡大するのだ。

その理論的バックグラウンドは、上で引用した「キャズム」からの引用のとおり「複数の製品を比較検討した結果、実利主義者は購入の意思決定を正当化する」からであろう。下記のような状況では、実利主義者は購入を検討さえしてくれない。
・いわゆる「スマートフォン」は世の中にiPhoneだけ
・サイクロン型掃除機は世の中にダイソンだけ
・全自動ロボット型掃除機は世の中にiRobotのルンバだけ

下記のような状況になってはじめて、実利主義者は購入を検討してくれる。
・スマートフォンは、Apple(ソフトバンク)だけでなくドコモやauからも比較検討できる(達成済み)
・サイクロン型掃除機は、ダイソンだけでなくパナソニックや日立からも比較検討できる(達成済み)
・ロボット型掃除機は、iRobotだけでなくパナソニックや日立からも比較検討できる(未達成)



翻って我がCitrixの製品。ほんの数年前までは「対抗製品(類似競合製品)」が、事実上市場に存在しなかった。(ビジネス的な競合はあったが、それらは技術的な背景の異なるものだった) 現在は「VMware View」と言う格好の「対抗製品」がある。そのおかげ(?)で実際に市場は拡大しているし、今後も対抗製品としてのVMware Viewを100%活用していくべきだと思う。