Living in the Flat World

「世界はフラットになっている」と考えれば、世の中の変化も少し違った見方ができるはず!その考え方のもと、ITを中心に日常生活から世界のニュースまで幅広い題材を取り上げるブログ。

日経新聞の少し残念な記事

我が家は日本経済新聞は購読していない。しかし通勤電車内で下記の大見出しが目に入って、思わず会社近くのコンビニで一部購入してしまった。
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 「相次ぐサイバー攻撃・災害 企業、サーバー集約し防御」

まさに私の最近の興味の中心が一面トップで扱われているではないか!
だが実際の記事内容は、残念ながら期待はずれだった。

見出しからは「サーバー集約がサイバー攻撃への防御になる」と読めるが、それにしては記事に書かれた根拠があまりにも薄弱。これでは読んだ人の多くが間違った期待を抱いてしまうか、サーバー集約に対してかえって懐疑的になってしまうかではないか。

--------------------以下日経新聞からの引用------------------------------
企業内クラウドで集約先のデータセンターが攻撃されたり、被災したりすれば全社の情報システムが機能しなくなる恐れがあるが、サーバーが数百カ所に分散している現状に比べれば、数カ所に集約した企業内クラウドの方が防御策を講じやすい。
(中略)
これらデータセンターは震度7に耐えられる強固な構造を持ち、自家発電装置も備えている。情報通信技術の専門家を集中的に配置し、サイバー攻撃への防御力も高める。
--------------------以上日経新聞からの引用------------------------------

サーバー集約によって、地震などの自然災害や停電への耐性を高まる理由は、まあ納得できる。データーセンターの物理的な耐震化や自家発電装置は、まさに直接的に被害を防いでくれるものだ。それに比べると、「サイバー攻撃への防御力を高める」根拠が、「情報通信技術の専門家を集中的に配置」することだけと言うのは実に寂しい。


誤解していただきたくないのだが、サイバー攻撃への対処としては、サーバーが分散しているよりは集約しているほうが好都合だと私も考えている。ただしサーバー集約は、サイバー攻撃への防御を高めるための複数ある手段のうちのほんの1つであり、しかも他のより重要かつ直接的な手段を行うための、間接的な手段(手段のための手段)でしかない。

サーバー集約の他の「より重要かつ直接的な手段」とは具体的に、「重要情報の隔離」であったり「トラフィックの監視」だったりするのだろうが、残念ながらそれらには全く触れられていない。さらには、相変わらず分散されたままのはずのユーザ端末(パソコン)についても何も記述はない。実際のサイバー攻撃では、まずユーザ端末から狙われるのだが。


まあ一般紙でそこまで詳細を書く余裕がないことは理解できる。それなら今回の記事の場合は「災害対策」までで止めておいたほうが良かったと思う。サイバー攻撃対策はもちろん重要だ。だあれば、自然災害対策やクラウド(実はこれについても説明不十分)とは切り離して、あらためて別記事でもう少し深く取り上げるべきだろう。

あらためて取り上げることを期待してますよ、日経新聞さん。


類似競合製品は無いと困る!

10日前のエントリで、iPhoneの成功要因について次のように書いた。

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少し本題から離れるが、iPhoneがキャズムを超えられた理由を、「キャズム」に書かれた理論を基に、私なりに考察してみた。普通に考えて価格面での下落は大きな要素であるが、「競合の参入(具体的にはどドコモやauによるAndroidベーススマートフォンの登場)」も、(意外な事実であるが)iPhoneがキャズムを超えられた重要な成功要因だと考える。

キャズム理論によると、実利主義者は製品の性能や機能だけでなく信頼性も重視する。実利主義者にとってAppleは電話機の会社としては信頼できると言えないし、かつてiPhoneの販売を日本で独占していたソフトバンクも、携帯キャリアの中では新興だ。ところが、実利主義者にとっての信頼度No.1のNTTドコモがスマートフォン市場に参入したことによって、少なくともスマートフォンへの信頼性は大いに高まった。そしてスマートフォンを購入する前提で、iPhoneとAndroidを比較すればiPhoneに有利な点が多々あることになる。こうして、新しいものにはすぐには飛びつかない実利主義者や、果ては保守主義者までiPhoneを使うようになったのだ。
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今日はこの「競合の参入によって、むしろビジネスが拡大する」と言う、直感に反する現象について、さらに踏み込んでみたい。

例のジェフリー・ムーア著「キャズム」(原題:Crossing the Chasm)には、かつて一世を風靡したシリコングラフィックスのグラフィックスワークステーションのケーススタディを取り上げて、下記のように書いている。(黒字太線は原著のもの。青字太線は山田による)
キャズム

--------------------以下「キャズム」からの引用------------------------
テクノロジー・ライフサイクルの進展に伴って、競争の持つ意味合いは大きく変わってくる。そして、テクノロジー・ライフサイクルの進展があまりにも速すぎるため、ときに競争相手が存在しないという時期すら発生する。ただ残念なことに、競争がないところには市場もない。そのため、キャズムを越えようとしているときには、何としても競争を作り出さなければならないのだ。
(中略)
メインストリーム市場を左右するのは実利主義者なのだ。そして、実利主義者にとっての「競争」とは、ひとつの製品カテゴリーの中で複数の製品とベンダーを比較検討することなのだ。
このように複数の製品を比較検討した結果、実利主義者は購入の意思決定を正当化するのである。

(中略)

シリコングラフィックスがいかにして競争を作り出したかをここで見てみよう。
(中略)
「シリコングラフィックスって何?」「デジタルワークステーションって何?」という彼らの疑念を払拭しなければならなかったのだ。まずそのために、シリコングラフィックスが必要としたのは対抗製品である。そして、幸いなことに、そこにはサン・マイクロシステムズとヒューレット・パッカードがいた。両社ともに最新鋭のUNIXワークステーションを製品として擁しており、シリコングラフィックスにとってそれはまたとない対抗製品となった。そして、両社はともに著名な企業だったので、逆にそれがシリコングラフィックスの信頼性を高める結果ともなった。
--------------------以上「キャズム」からの引用-------------------------

シリコングラフィックスにとっての対抗製品が「元からあった」のに対して、iPhoneの対抗製品が「後から参入してきた」ことの違いはあるが、対抗製品との関係性は非常に似通っているのではないだろうか。必ずしもテクノロジーには明るくない実利主義者にとって、同じ「スマートフォン」と言うカテゴリーの中でiPhoneとAndoroidを比較検討することは、購入の意思決定を正当化するうえで極めて重要だと言えそうだ。

下記のグラフを見ていただきたい(クリックで拡大)。これは世界におけるiPhoneの出荷台数の推移である(出展はこちら。 1-3月期をQ1、4-6月期をQ2として表記している。日本国内の実績は未公開)。

iPhoneSales

2010年の7-9月期に出荷台数が激増しているのが分かるが、ほぼ相前後してAndroidスマートフォン陣営の代表格であるSony Ericssonの「Xperia X10」とSamsungの「Galaxy S」が発売されていることが分かる。実はこの時期の出荷台数の激増にはもうひとつ大きな理由があって、2010年の6月に「iPhone 4」が発売開始になっているのだが、iPhone 4と言う新機種の登場「だけ」が、これだけの出荷台数増を引き起こした要因と言えるだろうか?ちなみにiPhone 4とその前モデルのiPhone 3GSは、その形状こそ大きく変わったが、機能・性能的に大きく変わったことは少ない。(ディスプレイの解像度・前面カメラ・3軸ジャイロセンサーがiPhone 4のハードウェア的な新機能) むしろiPhone 4は、発売開始当時にアンテナ設計の不備による受信感度不良の問題さえも出ているくらいなのだ。


別の例も考えてみよう。ちょうどキャズムを超えたか超えないかの前後にあると思われる家電製品の例を見てみたい。

・サイクロン型掃除機(キャズムを超えた直後)
ダイソン
ダイソン登場後、パナソニック、日立、東芝、シャープ、三菱など、ほぼ全ての大手家電メーカが参入し、安心して購入できるものに。そんな中でいまだにダイソンが高級機市場での強みを持つ。

・ロボット式全自動掃除機(キャズムを超える直前)
iRobot Roomba
iRobot社の初代ルンバ(Roomba)の日本発売は2002年。その他ノンブランドの廉価版製品は乱立するも、大手からは唯一2011年に東芝が同種の製品を発売。現時点で誰でも安心して購入できるものとは言えない。



不連続な技術革新をともなうテクノロジー製品の販売において、競合製品が存在することの重要性が分かって頂けるのではないか。さらに正確に言えば、技術的な背景の異なる「広い意味の競合製品」(旧来のガラパゴス携帯も、スマートフォンの広い意味での競合になる)だけしか無い状況では市場は広がらず、「類似競合製品」(似通ったスマートフォン同士のこと。「キャズム」では「対抗製品」と呼んでいる)があって始めて市場自体が拡大するのだ。

その理論的バックグラウンドは、上で引用した「キャズム」からの引用のとおり「複数の製品を比較検討した結果、実利主義者は購入の意思決定を正当化する」からであろう。下記のような状況では、実利主義者は購入を検討さえしてくれない。
・いわゆる「スマートフォン」は世の中にiPhoneだけ
・サイクロン型掃除機は世の中にダイソンだけ
・全自動ロボット型掃除機は世の中にiRobotのルンバだけ

下記のような状況になってはじめて、実利主義者は購入を検討してくれる。
・スマートフォンは、Apple(ソフトバンク)だけでなくドコモやauからも比較検討できる(達成済み)
・サイクロン型掃除機は、ダイソンだけでなくパナソニックや日立からも比較検討できる(達成済み)
・ロボット型掃除機は、iRobotだけでなくパナソニックや日立からも比較検討できる(未達成)



翻って我がCitrixの製品。ほんの数年前までは「対抗製品(類似競合製品)」が、事実上市場に存在しなかった。(ビジネス的な競合はあったが、それらは技術的な背景の異なるものだった) 現在は「VMware View」と言う格好の「対抗製品」がある。そのおかげ(?)で実際に市場は拡大しているし、今後も対抗製品としてのVMware Viewを100%活用していくべきだと思う。

さらば中日ドラゴンズ

初めて「彼ら」を意識しはじめたときのことは、今でもよく覚えている。そのとき私はまだ小学校二年生で野球のことなどさっぱり分からなかったが、「20年ぶりの優勝」とやらで騒ぐ周りの大人たちに引きずられて、その瞬間のテレビは見ていたらしい。試合そのものは何も覚えていないのに、優勝後に球場グラウンドが人で埋め尽くされお祭り騒ぎになっていた映像だけは、なぜかしっかりと頭に焼き付いている。
1974年ドラゴンズ優勝

そんなはしゃぎまくる大人たちに煽られてか、野球など分かっていないはずの小学校二年生の教室でも、期待の地元球団の話題がすぐにもちきりになった。幸いなことに当時は、野球を知らない子供に野球の打順の何たるかを教える絶好の教材が存在していた。「♪一番高木が塁に出て~、二番谷木が送りバント~、三番井上タイムリー~、四番マーチン ホームラン~・・・」の歌詞でおなじみ(?)の「燃えよドラゴンズ!」は、この年に作られ、いまだにメンバーを変えて歌い継がれているのだ。おかげでその当時のレギュラーメンバー(高木・谷沢・木俣・マーチンら)は、私の年代のドラゴンズファンなら誰でも明確に覚えている。

しかしその後、私が小学校の高学年から中学生にかけての、もっともスポーツチームに気持ちを入れ込みたい時期、残念ながらずっとずっと彼らは弱かった。私の育った名古屋市内は、当然のことながらドラゴンズファンが圧倒的に多かったが、ごく稀にいる巨人ファンの「へそ曲がり」に全く頭が上がらない日々が続いたのだ。

その後、高校一年のとき(8年ぶり)、大学三年のとき(6年ぶり)、最初の転職をした直後(11年ぶり)にもリーグ優勝したが、日本シリーズでさっぱり勝てないことと、優勝の翌年に情けないほど弱くなってしまうことは相変わらずだった。もっとも、この程度の頻度のリーグ優勝は、それはそれでありがたみは増すかもしれない。私も上述の3回の優勝の瞬間、その時自分がどこで誰と過ごしていたか、はっきりと記憶に残っている。例えば1988年のリーグ優勝時は、友人たちと大学近くのラーメン屋台でテレビを見ていたな。あの「郭源治が泣いています」と言う東海テレビ吉村アナウンサーの歴史に残る実況を聞きながら、寒い中大汗をかいてラーメンを食べ、それが祟ってか翌日以降ひどい風邪をひいたことも良く覚えている。

そんな「思い出したように時々リーグ優勝するチーム」が明らかに変わったのは、もちろん落合博満が監督になってからだ。優勝の頻度だけでなく、8年間の長きにわたってずっと強豪であり続けたのは、過去まったくなかったことだ。

強くなっただけではない。たまにテレビで見る落合ドラゴンズは、判官贔屓を抜きにしても魅力的なチームだった。8年間君臨し続けた荒木・井端の二遊間の守備の美しさは言うまでもなく、期間は短かったが英智・アレックス・福留のスーパー強肩外野手の揃い踏みは、まさにプロでしか見られないものだった。これらプロ中のプロの美技は、いまだにYouTubeで楽しめることもありがたい。
 
 
実は私個人の生活も、落合博満が監督になった年(2004年)に大きく変わった。三度目の転職とともに37年間過ごした名古屋を離れ、横浜に住み始めたのがこの時。テレビ中継でドラゴンズの試合を見られる機会が激減するとともに、中日新聞や地元テレビ局の「大本営報道」や、実際のファンの声も耳に入らなくなった。

そんな中、本当に最近になって知って驚いたことだが、名古屋での落合ドラゴンズの人気はいまひとつだったらしい。あらためてネットの論調を調べてみると、解任発表前は落合批判派が多数を占め(代表例がこちら)、解任発表後に擁護派も盛り返してきたかと言ったところ。ネット上の落合批判派に言わせると、この8年間強かったのは「監督の功績ではなく単純に選手が良かったから」と言うことのようだ。もちろんネットの落合批判派は「良い選手がいる」状態がなぜ8年間の長きにわたって続いたのかの理由は全く明らかにはしていないが・・・

まあ、一般のファンが野球そのものよりも監督のキャラクターのほうに楽しみを求めるのは百歩譲って仕方ない。みるからに熱血キャラの星野や、文句のつけようの無い人格者キャラの高木守道に比べれば、寡黙なだけの落合は面白おかしくないのは理解できないこともない。

それにしてもだ!

球団フロントがそれにつられてどうするよ。しかも球団オーナーは新聞社なのだから、野球本来の魅力をファンに伝えるのが仕事だろう。メディアが商業主義になるのは仕方ないにしても、その商業主義にさえ徹底できていないのは情けない限りだ。あの強さと美しい守備は、十分にビジネスとしても魅力的のはずなのに、それを活かしていない。中日新聞は自分たちがラクすることしか考えていないのか。


そして今日、落合ドラゴンズの冒険は終焉を迎えた。中日新聞社の決断は、「彼らにとっての古き良き時代」へ回帰することだった。つまり、「たまにしか優勝できないが、そのたまの優勝が印象に残る」ような時代へとだ。呆れたことではあるが、中日新聞とドラゴンズ球団は、そのような懐古趣味でビジネスも回復すると本気で考えているらしい。この明らかな変化の時代に、変化そのものを拒んでしまったのだ。この場合の「変化」とは、安易に監督を変えることではもちろんなく、プロ球団を中心としたメディアとしてのビジネス戦略の変化のこと。強くて寡黙な落合ドラゴンズは、その寡黙さゆえにメディアにとって実に魅力的なコンテンツのはず。落合関連書籍が解任発表後にベストセラーになっていることがなによりの証拠だ。


いささか感情的な理由ではあるが、私も今日をもって30年近く続いたドラゴンズファンを卒業しようかと思う。ベイスターズさん、落合博満を監督にしませんか?そうすればファンになって年間5回以上はスタジアムに行きますよ。

NOT「ナベツネ 対 清武」 BUT「既存メディア 対 新興ネットメディア」

今日はIT関連の話題から離れて、時事ネタを。

プロ野球の巨人軍が騒々しい。
清武
 
この騒動の中身自体にはあまり興味はないが、少し視点を変えると興味深い事実が浮かび上がってくる。何年か後に振り返ると、歴史的な事件として振り返られるかもしれない重要な事実ではと考えているのだが、皆さんいかがでしょう?

どう言うことかと言うと・・・

既存メディアとしての新聞社の中枢にいる人物が、
自ら新興のネットメディアに対する敗北を公式に認めてしまった!

初の出来事ではないかと思うのだ。

言い方を変えると、「ナベツネ 対 清武」の泥仕合なんかよりも、「既存メディア 対 新興ネットメディア」の対立軸に注目したほうが、ずっと面白い。

新聞やテレビなど既存メディアの凋落と、それに変わる新興のネット系のメディアの隆盛が言われて久しい。少なくともビジネス規模の面では、まさにそのようになっている。「何年か後には今の形の新聞は消滅するだろう」と予想する人は多い。

その一方で、「記事の信頼性やクオリティの高さでは、ネット系メディアはまだまだで、既存の新聞テレビのほうが信頼できる。」と言う人もいまだに多い。少なくとも既存メディア内部の人たちはそのように言い続けている。

ところがだ!

巨人軍の清武球団代表は、ある意味社会人生命を賭けて内部問題の告発に踏み切ったわけだが、その記者会見をネットの動画配信サービス「ニコニコ動画」にも生中継させた。これは実は凄いことだと思う。清武さんは現在はプロ野球球団の代表をしているが、元々読売新聞の記者だった人物だし、今も読売新聞の中枢にいて当然新聞社の利害とも一致する立場にいる。

そんな人が、自らの社会人生命をかけた記者会見を、ネット動画で生中継させたのだ!

この人は十分に分かっていたのだろう。自分がこれからやる記者会見は、既存メディアには黙殺されるか、報道されたとしても曲解されるかだと言うことを。だから、自分の言い分を全て伝えてくれるネットメディアに助けを求めたのだ。つまり、既存メディアの代表格である読売新聞の中枢にいる人物が、「既存メディアだけでは信用できません。ネットメディアを入れないと正しい報道はされないのですよ」と、公式に認めてしまったことに他ならないのではないか。




この意味を理解しているかどうか不明だが、少なくとも(我が家が購読している)朝日新聞は、(清武代表の予想通り?)全く的外れの支離滅裂な論評をしている。

------以下、朝日新聞西村欣也編集委員の論評からの引用------
会社において、人事の内示は内示であり、変更されることは多々ある。それを記者会見を開いて、この時期に発表する意図は理解できない。
しかし、この声明の中にも真実が隠れているのも事実である。
-------------------------以上引用-------------------------

「理解できない」のは、西村編集委員の論評のほうだろう。この論評、素直に読むと「(たとえ会社内部で不正が行われていても)多々あることなら内部告発などするべきでない」と解釈できる。告発すべきかどうかの判断基準は、「多々ある or 滅多にない」ではなく、「不正が行われている or いない」だろう。であれば、「不正が行われているか否か」を独自に取材し、それを元に論評するのが新聞社の役目ではないのか。

また、「真実が隠れている」なんて、まさに思考停止していることを示す表現だろう。全てのことには何らかの真実が隠れており、「真実が隠れていないこと」なんて一体どこにあると言うのか?(全て嘘の内容にだって、「その嘘をつきたい動機がある」と言う真実が隠れている) 私自身も朝日新聞の記事には「真実が隠れている」と思うよ。だから高いお金を払って購読しているわけだが。  ---実は新聞を購読する最大の目的は、折込チラシなのだが、それはこの際置いておこう---


さらに西村編集委員は、同じ論評の中で上記主張と矛盾するようなことも書いている。
------以下、朝日新聞西村欣也編集委員の論評からの引用------
巨人という球団は清武代表が暴露したように、渡辺会長の「鶴の一声」で動いてきた。
(中略)
今年もそうだった。大震災に配慮し、電力問題もあったため、選手会が「開幕延期」を主張したのに、全く耳をかさずに、強行しようとして、世論の猛反発にあった。これは清武代表、あなたも同罪だ。
-------------------------以上引用-------------------------

清武代表はいったいどうすればよいのか?ナベツネ氏の言うことを聞けば「同罪だ」と弾劾され、それではと反旗を翻せば「理解出来ない」とされてしまう。


西村さんの気持ちもわかるよ。こんな支離滅裂な論評が出ると言うことは、同業者による「同業者らしくない行動」に随分腰を抜かしているのだろう。---それこそ「真実が隠れている」ね(笑)---

おそらく思うに、新聞社においては「社内問題の批判はタブー」と言う文化が出来上がっているのだろう。であれば、上で紹介した西村編集委員の「理解できない」と言う論評もうかがい知れる。清武球団代表も元読売新聞記者であり、社は違えど新聞社の一員が社内問題を内部告発するなんて、それはそれは仰天ものだったのだろう。もちろん清武代表も、そのタブーを分かっていたからこそ、「禁断のネットメディア」に頼らざるをえなかったのではないか。


別に現在のネットメディアが「実に素晴らしいものだ」とは私も思っていないし、それを礼賛するつもりもない。しかし、新興ネットメディアが既存新聞社に確実に勝る要素がひとつある。それは、読者からのフィードバックに非常に敏感であることだ。記事ごとに内容が評価され、多数の賛同者が得られる場合もあれば、いわゆる「炎上」する場合もある。そのような中でクオリティの高い記事のライターが生き残っていく土壌は少なくともある。(必ず質の高いものが生き残るとも断言できないが、既存メディアよりは相当にマシなシステムではあると言う意味)

一方の既存メディア。読者からのフィードバックは極めて限定的であることに加え、社内批判さえもタブー視されていることがうかがい知れる。これでは既存メディアの凋落のスピードは我々の予想よりもずっと早いかもしれない。今回の件は、それを象徴する出来事として記録に留めておきたい。



今回のエントリでは既存メディアを批判したが、これはどんな分野でも既得の力をもっている組織には起こりがちなことだろう。自分自身および自分自身が所属する組織への戒めとして胸に刻む必要があるのが、次のダーウィンの言葉。

チャールズ・ダーウィン
「最も強いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残るのだ」

「キャズム」理論とXenApp

この本、いわゆる「ハイテク業界」の人間なら、それこそ誰でも読んでいるくらい有名な本。
キャズム

ジェフリー・ムーア著「キャズム」(原題:Crossing the Chasm)

この本で紹介されている下記の図はさらに有名。
キャズム図

読む価値のある本なので興味のあるかたは是非読んでいただきたい。本を購入するための金額と読むための時間のおしいかたは、Googleで「キャズム」と検索すれば、この図の意味を説明したページはたくさん見つかる。さらに検索の時間も節約したいかたは、下記の山田流に要約をどうぞ。

・画期的なテクノロジを用いた製品の場合、ハイテクオタク(Tech enthusiast)が真っ先に購入し、進歩派(Visionaries)が続く。

・さらにその後に実利主義者(Pragmatists)や保守主義者(Conservatives)が購入するようになると、製品の販売は大きく伸びる。

・ところが進歩派の購入動機と実利主義者の購入動機は大きな隔たり(キャズム)があり、進歩派に対して成功したマーケティング戦略は、実利主義者には通用しない。

・ハイテク製品で商業的な成功を成功をおさめるには、この隔たり(キャズム)を意識して、実利主義者に訴えるマーケティングを行わなければいけない。

具体的な例を出すなら、iPhoneは、2011年現在では完全にキャズムを超えて実利主義者に浸透したと言えるだろう。ところがほんの1年前の2010年の時点では、iPhoneを使っていたのは一部の進歩派のみだった。(ちなみにiPhoneの日本での発売は2008年7月より)

この場合、iPhoneは「キャズムを超えた」と言われる。ハイテク業界では、「○○はもうキャズムを超えたよね」だとか「△△は、なかなかキャズムを超えられないね」などと言う会話を普段から交わしていたりするのだ。

少し本題から離れるが、iPhoneがキャズムを超えられた理由を、「キャズム」に書かれた理論を基に、私なりに考察してみた。普通に考えて価格面での下落は大きな要素であるが、「競合の参入(具体的にはどドコモやauによるAndroidベーススマートフォンの登場)」も、(意外な事実であるが)iPhoneがキャズムを超えられた重要な成功要因だと考える。

キャズム理論によると、実利主義者は製品の性能や機能だけでなく信頼性も重視する。実利主義者にとってAppleは電話機の会社としては信頼できると言えないし、かつてiPhoneの販売を日本で独占していたソフトバンクも、携帯キャリアの中では新興だ。ところが、実利主義者にとっての信頼度No.1のNTTドコモがスマートフォン市場に参入したことによって、少なくともスマートフォンへの信頼性は大いに高まった。そしてスマートフォンを購入する前提で、iPhoneとAndroidを比較すればiPhoneに有利な点が多々あることになる。こうして、新しいものにはすぐには飛びつかない実利主義者や、果ては保守主義者までiPhoneを使うようになったのだ。

話はさらにずれるが、日本からシンガポールオフィスに転勤していた同僚が、約2年ぶりに出張で日本に来てくれた。彼いわく、2年ぶりの日本で最も驚いたことは急速なスマートフォンの普及の度合いだったとのこと。今は電車の中で見る携帯電話の半数以上がスマートフォンだが、確かに2年前は皆無に近かった。


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さて、ここからが実は今日の本題!!

「キャズムの存在とその意味」については、ハイテク業界にいる人間ならたいてい知っている。ところが、「どうすればキャズムを超えられるか?」と言う具体的な手法までは、意外に知られていない。

「キャズム」本には、超えるための具体的な手法も懇切丁寧に書かれているのではあるが、それなりに複雑な手法であるし、なによりもあの曲線グラフのインパクトが強すぎて、読後に手法がしっかり頭に残っている人は少ないのだろう。

本日のエントリのタイトルである「エレベータテスト」は、本で紹介されているキャズム超え手法のひとつだ。実利主義者に訴えるためには、短くてわかりやすいメッセージでその製品を伝える必要があるのだが、エレベータに乗っているくらいの短時間で製品を説明できるかどうかで、キャズムが超えられるかどうかが決まる。逆に言えば、エレベータテストに合格できるようなメッセージを作ればキャズムが超えられる可能性は高まるのだ。

「キャズム本」で提唱されている、エレベータテストに合格できるメッセージを作るための雛形は下記の通り。

この製品は
[ 1 ]で問題を抱えている
[ 2 ]向けの
[ 3 ]の製品であり
[ 4 ]することができる。
そして、[ 5 ]とは違って
この製品には[ 6 ]が備わっている。

1 : 現在使われている手段 
2 : 橋頭堡となるターゲット
3 : この製品のカテゴリー
4 : この製品が解決すること
5 : 対抗製品
6 : 対抗製品と差別化する機能

「例」として、iPhoneでやると次の通りか。

Apple iPhoneは、
[携帯電話、PDA、携帯音楽プレーヤーなど複数デバイスの持ち運びと使い分け]で問題を抱えている
[若年層ビジネスマン]向けの
[スマートフォン]製品であり、
[すべてのデバイスの機能がひとつにまとめられたうえに素晴らしい操作性を体験]することができる。
そして、[機種ごとに操作方法に違いのあるAndroidベースのスマートフォン]とは違い、
Apple iPhoneなら[一貫した分かりやすい操作によって、誰でも簡単に使いこなす]ことが出来る。



さてこの雛形をXenAppに当てはめるとどうなるだろう?かなりたくさんのメッセージが出来るように思えるが、11月11日時点では、下記2作品。

【作品No.1】
Citrix XenAppは、
[新種のサイバーアタックからの防御]で問題を抱えている
[製造業・金融業・政府機関]向けの
[ネットワークセキュリティ]製品であり、
[インターネットへの出口対策の徹底することで情報漏洩を防止]することができる。
そして、[コンテンツフィルタリング製品や]とは違い、
XenAppなら[原理的に外部への情報漏洩を防止する]ことが出来る。


【作品No.2】
Citrix XenAppは
[自社製市販アプリケーションのSaaS対応]で問題を抱えている
[中小アプリベンダー]向けの
[アプリケーションのネット配信]の製品であり
[既存のWindowsアプリをすぐにSaaS化する]ことができる。
そして、[一般的なWebベースのSaaS]とは違って
[ドラッグ&ドロップなどのWindowsのUIをそっくりそのままネット配信の形で提供]できる


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シトリックス・システムズ・ジャパン
(株)
に勤務し、自社製品をこよなく愛する山田晃嗣のブログ。

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